11 勇敢な君へ
三日後。
吉凶のオフィスにあるソファで、美樹はぐったりと項垂れていた。
デスクでカタカタと文字を打っている昂大を時折一瞥しては、ため息を吐いている。
「しつこいな。後悔するなら、一緒に来たらよかっただろ」
「はあ~? あの状況で一緒に行けるかっての」
あの後、美樹は無事には羽流の母を病院に届け、昂大と羽流は〈OOEYAMA〉に向かった。
ダミーの金庫とは別の金庫を開けると、美しいエメラルドが銀の箱を埋め尽くしていた。そして金庫の中央に、先代当主がハルに渡そうとしていた財産、その額、百億円の小切手が安置されていたという。
それを聞いた美樹は、口を曲げてへこんでしまった。
「ねえ、頑張ったんだから! 頑張ったんだから一個くらい貰ってもよかったんじゃないの!? エメラルド~!!」
「はあ……だめだろそんなの」
昂大はジト目で美樹を睨むと、報告書を作り終える。
「はあ……ざっくざくだと思ったから協力したのに」
「しつけーな! いいだろ、金とか見返りとか!」
「ちぇー。ケチ! 真面目! 陰気クサい!」
「こんの……!!」
子どもじみた口論を交わす二人に、低い声が浴びせられる。
「報告書はできたのか」
いつのまにかオフィスにいた万屋は、優雅に紅茶をすすっている。
「ねえ万ちゃん! ハルちゃんが良いって言ってたのに、昂大が一円も貰ってきてないのは、会社の運営上まずいと思うんだけど!」
「はあ!? おれのせいみたいに言いやがって……!」
万屋は咳払いする。
「この度は小さな依頼人だった。吉凶の理念は〈裏正義〉を成すことだ。正義は時に、行使した側が損となることもあるだろう」
「何それ! そんなんだからいつまで経ってもこんなオンボロオフィスなんでしょ。吉凶は万年赤字なのよ?」
「最後まで聞け。ビジネスとは、理念を叶えるためにまい進しつつ、持続可能でなければならない。つまり、依頼者から成功報酬を頂かないことはプロとしての質を損なうし、隙を見て小さな依頼者からチップを取るのも無粋だ」
「つまり?」
「おれたち二人とも悪かったってことですか?」
「違う」
万屋は二人に、スマホに表示された会社の当座預金通帳を見せる。そこには今日付で、一億円の振り込みがなされていた。
「はあ!?」
「一億!?」
美樹はスマホをひったくろうとするが、ひらりと躱されてしまう。
「それに、せっかく良い気分で渡そうと思ったのだがな」
万屋は頭を抱え、懐から小さな宝石のあしらわれたペンダントを出した。宝石からは、淡い素朴な青色の光が放たれている。
「なんですかこれ」
「アクアマリンを用いた、依頼者の手作りの品だそうだ。依頼者のお礼の手紙と一緒に届いた」
そう言うと、万屋は手紙とペンダントを美樹に渡し、オフィスを出て行った。
二人は覗き込むように手紙を読む。
そこには少し汚い文字で、二人への感謝が綴られていた。
『こーだいとみきおねえさんへ
このたびは、まことに、かんしゃしてます。ほめてつかわす。
ハルがカギをわたしちゃったせいで、あぶないめにあわせてごめんなさい。
おかあさんはしゅじゅちゅせいこうしました。
またあそびにいきます。』
そして最後に、こう締めくくられていた。
『ハル、ゆめをかなえられるように、がんばります。おげんきでいろよ。
あと、こーだいへ。ヒーローみたいで、かっけかったぞ。ハルより』
ところどころ偉そうなのが、羽流らしいなと、二人は笑ってしまった。
昂大はヒーローという文字を凝視する。
吉凶の稼業は犯罪行為。表の世界では決して許されない行為である。
それをわかっていてもなお、嬉しい言葉だった。
「なーにこれ。もうどうでもよくなっちゃった。それに……」
美樹は、ペンダントにあしらわれた宝石を見て、柔和にほほ笑む。
アクアマリン――――――石言葉は、勇敢。
「こんな安っぽい宝石はいらないわ。これは、昂大に似合うものね」
そう言って、昂大の首にペンダントをかける。昂大は目を丸くして首をかしげる。
「えっ。きも。金と宝石にがめつい美樹が……」
「言ったでしょ! こんな安っぽい宝石はいらないの!」
「さっきまで駄々こねてた奴に言われたくねえんだけど」
その一言が嚆矢となり、二人は互いの頬を引っ張り合う喧嘩を開始する。
昂大の首にかかったペンダントは、春の訪れを感じさせる陽の光を反射し、美しく輝いていた。
一章終了です!!
次回、エピローグは4月4日㈯、21時から投稿します。




