29 婚礼
親戚や同業を呼んだ祝いの席。
縁を結んだ二人をそっちのけにして、祝いの席は大盛り上がりだ。
確かにほとんどどころか、全く食べられない。
無理にでも握り飯をお腹に入れてきてよかったとアンズは思った。
「疲れてないですか?ただ座っているだけも大変ですよね」
「疲れるというより、眠くなってきて…」
顔に布がかかっているアンズは多少目をつむって船をこいでも許されるのではないか、と思う。
「確かに、みんな好きに酔ってますからね」
顔が見えている分、コウの方が大変だろうなとアンズは思った。
「でもね、皆さんの『美味しい』が聞こえるから、嬉しいです」
アンズの言葉に視線を巡らせれば、祝い膳につけられた小鉢を手にしている招待客が酒と合わせて、香りと味を堪能している。
特に同業の主人たちはコウの父親センに対して、「こんなうまいものを食べられるなんて」と恨みがましい視線を向けている。
「みんな、アンズさんに胃袋掴まれてますよ」
招待客はもちろん、コウもコウの家族も使用人もだ。
賑やかな祝宴と混ざって、聞こえてくるのは使用人たちがアンズが作った握り飯を分ける声だ。
「握り飯つくったんですか?」
「あ…はい…たぶん、持ってきていると思うんですけど」
「そうですね…裏で使用人たちが取り合ってる声が聞こえるので…」
「また…作ります」
「はい」
短くポツポツと話しているうちに、アンズは祝いの席を退出させられた。
招待客は美味い肴と酒で騒いで、酔いつぶれてしまってもそれでいいが、アンズとコウにはまだ儀式が残っているからだ。
先に離れで、儀式の前の腹ごしらえと少しの休憩、化粧直しと着崩れた衣装の直しと手際よく進んでいく。
「では、若旦那様をお待ちください」
そう言って使用人たちは部屋にアンズを残して、出ていった。
ほどなく、世話役の爺やに案内されたコウが入ってきてアンズの心臓がうるさいほど鳴る。
「疲れてないですか?」
「あ…えと…少し休憩したので」
「それならよかった」
コウは少し間を空けてアンズの隣に座った。
婚礼初夜、この時間がどれだけ大事なことかコウにだって十分わかっている。
散々放蕩をしていたのだから、女性と二人きりで過ごすのだって初めてではない。
なのに、今夜は心臓がうるさくて、布越しに聞こえるアンズの呼吸も、衣擦れの音もコウに催促するかのように響く。
アンズの調査書では、アンズには戯れに会うような男性はいないということで、それはつまり、アンズの方が自分よりも何倍も緊張しているということだ。
だから、自分が自分がしっかりしないとと思って、コウは何度目かの気合を入れなおす。
互いの息遣いと衣擦れの音が響くだけの時間がしばし過ぎた。
「布、とってもいいですか?」
「はい」
コウがゆっくりとアンズの頭にかかっていた布を取り、そっと床へと落とした。
コウの父親センはどんちゃん騒ぎの招待客は差し置いて、アンズの父シュレンに声をかけた。
「別室で少々男同士の内緒話を」
「息子も一緒によいでしょうか?」
「はい。奥様のお相手は家内がいたします」
そう言って父親同士、母親同士それぞれ祝いの席からそっと姿を消した。
コウの母親シキに案内された先には例のお茶会の参加者が集まっていて、お茶会が開かれることになったのだ。




