27 祝い膳
翌日、近所の手伝いや紙問屋から派遣された使用人で定食屋はごった返していた。
アンズの嫁入りである。
朝一やってきたのは、紙問屋の厨房の使用人たちで、彼らはアンズから、フキノトウ味噌、そら豆の塩ゆで、レンコン餅をうけとった。
婚礼の祝い膳に添えるものだ。
きっかけはコウの母親のお茶会で、妻たちから噂を聞いた同業の主人たちがコウの父親に打診してきたのである。
「定食屋行けばいつでも食べられるよ」
そんな風にはぐらかしていたが、息子の放蕩を治す得難い嫁を得られた紙問屋への妬み半分、彼らの矜持半分、なかなか同業の主人たちの足が動かなかった。
シキが連れてきた彼らの妻たちはシキと連れ立って時々やってきて感想を言うから主人たちは歯ぎしりした。
そんな彼らの様子を面白おかしく見ていたコウの父親から直々に依頼を受けたのが、冬の滋味と、春の芽吹きを感じられるいつもの小鉢だった。
「そら豆とフキノトウ味噌は必ず!」
コウの父親センの言葉にアンズはクスリと笑ったのであった。
厨房の使用人たちが帰った後、準備の人が来るまでの時間、手持無沙汰になったアンズは、準備の人たちが軽くつまめるようにと握り飯の準備を始めたのであった。
準備の人たちが来た時には積みあがった握り飯に目を奪われ、大きな急須を両手に持っているアンズに思わずぷっと吹き出した。
「お忙しいところありがとうございます。簡単なもので申し訳ないですが、お腹がすいたらご自由に召し上がりください。具は唐辛子味噌とフキノトウ味噌、肉のしぐれ煮と唐揚げです。お茶は緑茶とジャスミン茶です」
ニコリと笑うアンズに対して、紙問屋の使用人主に服飾の管理をする使用人は悲鳴を上げた。
これから準備をするのに、匂いが移る!と。
「こっちは匂いをどうにかするから、まずはお化粧と髪結いやってきて!」
「はい!!」
その言葉を合図にアンズの嫁入り準備が始まった。
アンズはもちろん化粧と髪結いからだが、夕方過ぎまで続く祝いの席では花嫁はほとんど食べられないからと言って、手伝いに作った握り飯を食べさせられた。
髪を結うだけでも鏡にはいつもと違う自分が映る。
そこに普段ほとんどしない化粧を施されれば、「誰?」と本気で思った。
一方、定食屋の外では、アンズを紙問屋まで乗せて運ぶ馬車の準備も行われた。
一頭立てで荷台を引かせて馬車にする。
そのため、馬も房の付いた赤い布を頭と背に身につけている。
街をゆっくりと歩きながら、定食屋の娘と紙問屋の御曹司の縁結びを知らせるのが狙いだ。
華やかな慶事は噂になり、物語になり、人々の心の中に根付くものだ。
御曹司の放蕩を治した美味い飯となれば、それは帝国の豊かさを内外に知らしめるものになるし、万能薬をもつ女神の話ともなろう。
馬を引くのはアンズの兄のシュカ、アンズの乗る馬車の側には父と母が連れ立って歩く。
そして、父の護衛を兼ねたお付きの人たちも何人か。
そのため、一緒に付き添う家族もお付きの人たちも正装が必要になる。
握り飯が減り、お茶の追加が何回か行われて、ようやくアンズの準備が整った。
深紅の伝統的な花嫁衣裳。
紙問屋への嫁入りに合わせた吉祥紋様が艶の異なる深紅の絹糸で施された格式の高い逸品だ。
そして頭から同じ深紅の布をかける。鳳凰の刺繍が施されたその布に母シイカの目が潤んだ。
花嫁の準備が整ったことをすぐに伝令が紙問屋に伝えに走った。
同じころ、紙問屋もおおわらわであった。
迎える側は、家の隅々までに気を使う。
ゴミはない、埃はない、庭木はキレイか…そんなことを考えていれば厨房からは「祝い膳が!?」と謎の叫び声があがる。
全ての準備が整ったかと思えば今度は「新郎はどこだ!?」と皆が探し回る始末だ。
当の新郎は準備を終えて「離れで呼びに行くまで待ってなさい!」と言われたことを忠実に守っていただけなのに、急き立てられ、ふがいなさを嘆かれる。
とはいってもアンズが来るのはまだしばらく先なのだから、再び全員が深呼吸をして準備漏れがないかを再度確認し始めるのだ。
新郎は邪魔にならず、すぐ目に付くところにいてくれなければ困ると全員の考えが一致し、玄関に椅子が用意され、そこで座って待っているようにと言いつけられたのであった。




