26 とり出汁のお粥
翌日の夕方、紙問屋に現れたトカにコウは言った。
「飯、食いに行きましょう」
「…おう…」
昨日夕方のトカとトカの父親の揉め事は当然紙問屋の使用人たちも知っている。
知っているがゆえに、籠をもつトカとトカを穏やかに飯に誘うコウを息をひそめてみている。
「少し早いけど、いつも通り定食屋に行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」
コウが使用人に声をかければ、落ち着いた様子でコウを見送ったのであった。
コウとトカは連れ立って、定食屋にやってきた。
トカの持つ籠には器がカチャカチャと鳴っている。
定食屋の夜営業には少し時間が早かったが、コウとトカを見てアンズが店内へ案内してくれた。
「まずは弁当、お粥助かった…それに焼き握り飯も…それで…」
トカが言ったのはとある女性の話だった。
飲み屋で働いていた派手な美人、軽薄なのが玉に瑕だが、トカとは妙に気が合った。
この女のために放蕩から足を洗おうとも思った。
2年ちょっと一緒に過ごして、子どもが生まれた。トカの子だ。
子ができてからは女は勤めに出れず、トカの賭博の稼ぎだけでなんとか生活していた。
ある日のこと、女と暮らす長屋が騒がしかった。
やくざ者が押しかけて、女の髪をつかみ道端に女を引きずり出していた。
話を聞けば、女は地方のある一帯で有名なヤクザの親分に売られた女だった。
逃げて都会に隠れていたが見つかった。
女に手を出したとしてトカも殴られた。
女はもっとひどい制裁を受けて寝ついてしまった。
女を探し回った手間賃だと言って、家にあった金を根こそぎ持って行ってしまったのだ。
父親に助けを求めたが、やくざ者との揉め事と聞いて、父親が失望したとコウと比べるようなことを言うから売り言葉に買い言葉でケンカになったというわけだ。
やくざ者が押しかけてきたとき、子どもは近所の女がちょうど預かってくれていたおかげで見つからずに済んだのだ。
「…お粥、美味いって言ってくれて…子どもも食べてくれた…二人ともやくざ者の襲来から何も食べられなくて…ようやく食べてくれたんだ…」
話を聞いてコウもアンズもシイカも板前も手伝いに来ている女たちも黙ってしまった。
「あの…今日も持っていきますか?お粥」
「…いいのか?」
「ご要望があれば、おつくりします。食べられそうなら…鶏肉を割いていれますけど」
「…おねがいします…」
トカの言葉を聞いてアンズはすくっと立ち上がった。
そして、さも手伝うのが当然のようにシイカも板前も手持ちの材料で作れるものを作ったのだった。
それから、アンズのお嫁入の日までトカにお粥を渡す日々が続いた。
定食屋から持ち帰るもの以外、女は一切口をつけなかったが、ここ2日くらいはようやく他のものも食べるようになったし、ゆっくりだけど歩くようにもなったと言った。
「本当に助かった。恩に着る」
「食べられるようになってよかったです」
「ああ…本当に。家に帰れない俺ごときができることはほとんどないが、何かあれば必ず力になる。だから言ってくれ」
アンズはシイカと顔を見合わせた。
事前にシイカとも話し合ったことだし、父や兄の了解もとってある。
「あの、奥さんがちゃんと回復してからでいいので、奥さんにこの定食屋で働いてもらえませんか?」
「え?」
「私、明日お嫁入するので…もしよければ」
ありがたい申し出にトカは唖然とする。
「いや、でも子ども…」
「母は私を背負って給仕してました」
「やくざ者がいつ来るかわからないし…」
「あ…それは…たぶん大丈夫です。ここの常連さんたち、やくざよりも怖い人を相手にしてるので」
トカとコウは互いに顔を見合わせる。
ここの常連には帝国の影に属する人たちが多い。
だって、アンズの父ちゃんは皇帝だし、兄ちゃんだって帝国の影だし、板前さんも帝国の影だ。
やくざよりも怖い人、決まっている。
この国の統治者、皇帝陛下だ。
今回やくざ者が絡んでいると聞いて、即父ちゃんの目が座った。
兄ちゃんも冷ややかだった。
この先はアンズが知らない方がいい世界だとは思った。




