〈6〉荊棘を抱いたお姫様
「ベルさん、ここ……ですよね?」
「勿論だとも、君に言われた通りステイ・セント名義で『念通』したから必ず来ている……はずさ。まぁ君の人望しだいだよ」
太陽の血の在処が判明した2日後、ステイはベルと共にサッドアブリル国辺境の冒険者ギルドに来ていた。
ステイは冒険者ギルドに入るなりすぐさま手前にある机に着く。だがそこには既に先客がいた、先客はいきなり相席してくる野郎が現れたというのにも関わらず、何も言わず黙っていた。
そしてそんな無反応な先客に対しステイが口を開く。
「……よぉ、久しぶり」
ステイが冒険者ギルドに来た理由とは、まさにその先客に用があったからだった。
「そうね10年ぶりくらいかしら」
先客は黒いローブに全身を覆っているが、口ぶりや声からして女児である事はわかる。吐くセリフはとても女児のそれではないが。
「10年か、そう考えると以外と長いな」
「ハッ……10年で長いってあんた、100年後も同じ事言わないでよね」
黒いローブのフードからの女児の笑った口元がチラリと見える。
「なぁステイ君彼女は一体誰なんだい?」
ステイの横にいたベルが黒いローブの女児を指さし言う。
「古い知り合いだよ、名前は…」
と、ステイが女児の名前を言おうとした瞬間、黒いローブを着た女児がいきなり立ち上がり、懐からナイフを取り出しステイの口内に刃を捩じ込んだ。
「クッ……アッ……!?」
ステイの口内に捩じ込まれたナイフは粘膜ギリギリで止まったが、ちょっとでも動けば口内炎レベルの傷では治まらないだろう。
「ねぇ…この国で私の名前言わないでって10年前にも言わなかった?」
「…………ッ」
ステイは『わかったわかった』と女児に訴えかける様に目をパチクリパチクリさせる。
「次名前言おうとしたら喰うわよ」
女児はステイの口内からナイフを抜くと、何事もなかったかの様に席に戻る。
「ほう、ステイ君の知り合いはだいぶ良い感じじゃないか」
ベルは今の一連が面白かったのだろうか、ニンマリと笑いながら言う。
「……どこが良いんですか…すぐ治るとはいえ口の中切られるとスゲェ痛いんすよ」
「ねー…身内で喋るのは後にしてくれる?それよりステイ…私をわざわざ呼び出した要件って何なの?」
女児は不機嫌そうに足を机の上に乗せ腕を組む。
「あーそうだな、でもここでする話でもないし場所変えよう」
ステイはそう言うと、ギルドを出ようと扉に手をかける。
「まって!」
すると、女児がステイに鋭い眼光を向け呼び止める。
「どうした?ダジャレか?」
「ねぇステイ……私がたかがお金稼ぎの為にわざわざこんな国に来たと思ってるの?正直…アレが無きゃアンタの依頼なんか受けてないんだけど」
と言われたステイだったが、彼は女児の言うアレに心当たりがなかった。
「………アレってなんだよ、悪いが俺はこれでも衛兵だぞ、薬は使うどころか持ってなんかないぞ」
「チッ…私が薬に逃げるカスに見える?」
「まぁ……頑張れば。ってかアレじゃわかんねーよ。ちゃんと言ってくれ」
「ッ……アレと言ったらアレよ!パンケーキよ!」
「パンケーキィ?」
女児の口から出た可愛らしい言葉にステイは思わず復唱する。
「10年前、アンタ作ってたじゃない」
「あー……確かに作ってやったけな……それにしてもパンケーキって………ハハッ年食っても見た目通りだな」
「うっさいわね!」
女児は女児らしく頬を赤らめ恥ずかしがる。
「はぁー……わかったよ。すぐ作るから超美味いの期待して待っとけ」
「何言ってんの?私も着いてくわよ。次から自分で作りたいからね」
「あっそ……あっ…ベルさんも来ます?」
「勿論だとも、仲間外れはごめんだ。それに君が料理してる所を是非見たい」
「何でですか?」
「ネタになるからさー」
「…あそすか」
と、いう訳で3人は仕事の要件を話す前にパンケーキを作る事になった。台所はギルドから借りた。
「いいか!まず第一にパンケーキ以前に料理を作る時にとても大切な事がある!はいそこの君!わかるか!?」
ステイは何故か先程とは打って変わって溢れんばかりのやる気を見せる。
「ねぇ…なんなのよ、料理人の格好までして…私は作り方さえ分かればなんだっていいんだけど」
「はい減点!いいか!美味い料理とは作り方を知ってるだけじゃ作れない!美味い料理とは!こういう熱い気持ちが大切なのだ!」
「……………ねぇ、ステイって頭の病気にでもかかったの?」
女児は思わずはじめましてのベルに小声で相談する。
「まぁステイ君はある意味病気だね。間違いない」
「ちょっとお二人さん!真剣に聞いてます!?」
「勿論聞いてるよ。さっ続けてくれ」
「はいはーい!ではまず材料から…卵、ミルク、麦、砂糖の4つを用意します」
「4つ!?もっと血とか色々使わないの?」
女児は材料の少なさに驚くが、ステイは女児の無知さに驚いた。
「お前さー…流石に言うわ、馬鹿すぎだろ。なんで料理に血なんか入れるんだよ、鉄の味しかしなくなるだろ。いやそれも知らねーよ!」
ヴァンパイアのステイにとって血は単品でいただくものだからね。
「りょっ…料理した事無いんだからそんなの分かんないわよ!」
「はいはい……では続けます!まず卵を卵黄と卵白に分ける!ここ大事だから!」
「卵白?……あー透明のドロっとした所ね」
「次に!分けた卵白に砂糖を入れをとにかく高速で泡立てる!!うおりゃァァァァ!!」
ステイはそう叫びながら、ヴァンパイアだからこそ出せる人の粋を超えた超スピードで卵白を混ぜる。一瞬でメレンゲが出来た。
「いいか!パンケーキとは、この作業をいかに努力したかがこの先の勝敗を分かつ!!」
「別に勝負してないんだけど私達」
「うるさい!料理とは自分との勝負だ!それを理解するとしないとでは天地の差だ。一生勝てなくていいのか?」
「はいはいわかったわよ……もう疲れたこのノリ」
「次に!分けた卵黄に麦を入れる!……のだが」
「「のだが?」」
女性陣は息がピッタリである。
「このまま麦の実を入れてしまうと、ただ卵黄に穀物の粒を入れたアホになるので…まず麦を粉上になるまで擦り潰す!うおりゃァァァ!!」
ステイはそう言うと麦の入った袋をタコ殴り始めた、そして一瞬で麦は小麦粉へと変わった。
「麦を粉上にしたら卵黄と混ぜる!これは普通に優しく混ぜれば大丈夫!」
「とりやァァァァァ!!麦死ねェェェェ!」
女児とベルはステイ同様、麦をタコ殴りにする。側から見たら完全にヤバい奴だ。
「そーして最後に!出来た2つを混ぜて鉄板でいい感じに焼けばー……完成だ!」
そうして、ステイの熱血料理教室は幕を閉じた。
「どーだった、意外と簡単だろ?」
料理を終えたステイはいつも通りの調子で女児に話す。
「えーそうね、これなら私でもいけそう」
「じゃあ出来立ての内に食うか……」
「「「いただきまーす」」」
そして5分後……3人は美味しい美味しいパンケーキを食べ終わり、幸せ一杯になっていた。
「ふぅー……じゃっ私食べ終わったし帰るわ、今日はありがとねステイ。バイバイ」
女児は悪意の無い笑みでステイに感謝の言葉を言い手を振る。ステイも感謝される事自体は素直に嬉しかった、だが彼はそれが逆に腹がたった。
「おい、何ナチュラルにご帰宅しようとしてんだテメェ?パンケーキ作りはあくまであくまでだぞコラ」
あくまでパンケーキ作りは女児に依頼を受けてもらう為の機嫌取りである。
「えっ!?あっ!そうだったそうだったー……」
女児は笑って誤魔化していたが、ステイは普通にイラついていた。
「ステイ君、依頼の件は何処か移動して話すんだろう?」
「はい、良い場所を知ってます」
そうしてベルと女児はステイに連れられ、少し離れた所にある怪しい雰囲気が漂う宿に入った。
「あー…いらしゃーい」
3人が中に入ると宿の管理人らしき男が受付に立っていた。
「1番広い部屋を頼む」
ステイは受付の人にそう言うと、受付の男は雑に「ほらよ」と部屋の鍵をステイに放り投げ渡して来た。
ステイ達はその渡された鍵を使い部屋に入ろうと扉を開ける。すると扉の先は薄紅色に光る蝋燭の火が決して綺麗とは言えない部屋を薄暗く照らしていた。だが、それ以上にこの部屋で気になるのはベッドが1つだけしかなかったという事だろう。
「……なぁステイ君、この宿はいわゆるそういつ宿なんじゃないかい?ほらこのベッド……凄い回る」
ベルは部屋の中央に置かれた何故か回転する円形の大きなベッドを回しながらそう言う。
「仕方ないだろ、普通の宿だと音が漏れるからな。ラブホなら防音がそれなりに効いてる、密談にはピッタリだ」
「………3P」
と、突然ベルはボソっと呟いた。
「ん?ベルさん今なんか言いました?」
「いやいや何にも」
「そうですか、じゃあさっそくお喋りしますか。俺達のこれからを…………と、カッコつけたみたは良いものの、まずは自己紹介だな。俺は2人共知ってるけど女性陣は初めましてだろ」
「いやだから私名前ッ…」
さっき自分が言った事をこの男はもう忘れたのかと女児はステイに突っかかる。
「おいもういいだろ、誰もお前の事なんか覚えてねーよ。もし誰かに聞かれても問題ねぇーって!」
「ッ……はぁー……わかったわかった[クレン]!私の名前!」
女児あらためクレンはそう渋々名乗り、同時に黒のローブを脱ぎ放り投げる、黒いローブの下からは大理石の様な真っ白な肌を持つ10代前半くらいの外見を持った綺麗な金髪美少女が現れた。
だが、初対面であるベルは彼女の全身…顔から足までびっしりと刻まれた歴戦の戦士の様な無数の傷跡に目がいった。
「クレン?……20年前くらい前に失踪したこの国の王女と同じ名前じゃないかー」
「ステイ!やっぱ覚えてる人いるじゃない!」
「ハハ、まぁベルさんは例外だから、記憶力化け物だからこの人……さ、ベルさんも自己紹介の方をどうぞ」
「軽く流すな!」
「私の名前は[ベルゼブブ・モスキート]国王直属近衛兵団第6部隊の一員だ。よろしく」
「はぁ…よろしくベルゼブブさん」
「ステイ君と同様ベルで構わないよ、ファーストネームだけでも長ったらしくていちいち面倒くさいだろう?」
「あっ…そう……じゃあベル…さん」
「うん、これから頑張ろうじゃないかクレン君」
クレンはその傷だらけの手を、ベルは蟲人族特有の光沢のある手を、女性陣はお互い右手のひらを重ね合う。
――
「つまりだな…俺達は太陽の血を手に入れる為にヒナタ・セイヨウを殺したいんだ」
ステイは今回クレンを助っ人として呼んだ経緯とその目的を話終える、だがその一部始終を聴き終わったクレンはどこか納得しない顔をしていた。
「……へぇ、良いじゃない。でも、そんな人一人っ子だったらあんただけで十分じゃない」
クレンの言い分は何も間違ってなどいなかった。何故ならステイはヴァンパイア、どれだけ傷を負わされようと元通りになり、何度殺されてもすぐに生き返る化け物。つまり負ける事が無い、というか出来ないに等しい。
なので戦闘において誰かに助けを求める必然性は無い…と、そんな感じの事をクレンは思っていた。
そして、それはステイも理解している。
「まぁヒナタとやるのは俺とベルさんだ、クレンに頼みたいは別の奴でな…」
「別?」
「あぁ、ヒナタは『トウキョウサンカ』っていう名前で勇者パーティーを組んでいる、メンバーは
勇者の[ヒナタ・セイヨウ]
拳雄の[サラバ・カイヌ]
楽聖の[ヤトウ・ゼルバトス]
雷人の[テテ・コルノック]…の4人、俺とベルさんはヒナタとやるから残った3人はクレンが1人で相手してくれ。報酬はちゃんと払う、受けてくれないか?」
「いいわよー」
「おっマジ?意外とアッサリ引き受けるな。じゃあさ、追加で受けてもらいたいんだけど……」
ステイは軽く引き受けてくれるクレンを見て調子に上がり、とんでもないことを口走る。
「リダ国の国民全員殺してくれないか?」
「…は?」
当然、クレンは聞き返す。ステイの言っている意味が理解出来なかったからである。
「ヒナタの別名知ってるか?」
だがステイはクレンの質問に対し質問で返す。
「……史上最悪の勇者でしょ?それがなんでリダ国の国民全員殺すのと関係あるのよ?」
クレンは自身の質問の答えが返ってこないことが気になったがステイの質問に答える。
「ヒナタは勇者という肩書きのせいでどれだけ人を殺しても罪に問われない。被害者はわかってるだけで2000は超えている。そしてそんなヒナタに勇者の肩書きと権力を与えているのはリダ国だ、リダ国は勇者ヒナタだけじゃなく軍も強いから他国はあまりヒナタの行動に対し口を出しづらいんだ」
「だから国ごとヒナタを潰すって訳?」
ステイの目的はあくまで太陽の血、だがこれは同時に第6部隊案件でもあったのだ。
「あぁ、そういう事だ。俺の国にいつ牙を向けるか分からない内に、今までヒナタに好き勝手させてきた責任を取らせる」
クレンはそんなぶっ飛んだ依頼を凄く真面目に言ってくるステイに対しおかしくなり笑う。
「ハハッ……あんたとうとうヴァンパイアっぽくイカれてきたじゃない…アッハッハ…」
「クレン、受けてくれるか?」
ステイのその真面目な顔がクレンのツボにハマる。
「ハハッ!ハハハハッ!ハハハハハハッ!!良いわ!良いじゃない!!まとめて受けてやるわその依頼!!」
「本当か!」
「別に冗談言わないわよ、やると言ったらやるわ。あーでも報酬は前払いね、明日までに用意しておいて」
「あぁ、頼んだぞクレン、誰も生きて返すなよ」
「ったりまえでしょ、先輩ヴァンパイアなめんな…よっと!」
クレンは回転するベッドの上に立ち上がりクルクルと回る。もちろんそのベッドを回しているのは後輩ヴァンパイアのステイである。
そして、そんな遊んでいる2人を横目に、ベルは部屋のケータリングのお茶を飲んでいた。
「いや俺達同じ歳だろ……」
「だまって!私の方がヴァンパイア歴長いのよ!」
そうして、ステイ、ベル、クレンの3人は太陽の血を求め勇者ヒナタ・セイヨウのいるリダ国へと出発した。




