〈5〉陰徳あれば必ず陽報ある……
ステイやザヲォ・マイトといった数々の強者が忠誠を誓い、普段の日常を守られている国、サッドアヴリル国。その豊かさ故に世界一平和な国とまで呼ばれている。だが、そんな豊かな国にも裏の顔はある。
首都の影にある薄暗い街『パッキ』、ここは風俗街である。
夜は疲れを癒そうと多くの大人で賑わうが、昼は怖いくらいガラッと人が居なくなる。そんな裏表が激しい街にある1つの古びた風俗店に、昼なのにも関わらず店の扉を開ける、白いローブのフードを深く被った男がいた。
「ん〜?うちはまだやってないよ、出直して来な!」
その店の店主だろうか、少し歳がいった顔に深いほうれい線が目立つ女性が、なにかの作業をしながら店に入って来た男に対しそう吐き捨てる。
「…………」
だが、男は黙っているだけでその場を動こうとしなかった。男はただジッと作業を続ける女性を見つめていた。
「…………なんなのよアンタ?何?」
出ていく様子を見せない男に対し女性は不気味がる。
「母さん………」
男は脈絡もなく突然そう呟いた。
「あぁ?気色悪い野郎だな、ここはそういうプレイは売りにしてないよ!」
女性は力強く否定する、母親呼ばわりが気に障ったのだろうか。
「……俺や……ハッジや」
男はフードを取り顔を出す。女性はその名を聞き一瞬で眉間にしわが浮き顔を歪めた。
「……あーなんだ生きてたんかお前」
この2人は本当の親子だった。
「なんだ?金はねーぞ、わかったら出てけ!今忙しいんだよ!」
「なぁ……」
ハッジはそんな久々に会ったのに自分を見ようともせず、未だ作業を続ける母親に対し聞きたい事があった。
「金はねーって言ってるだろ!」
だが口を開いても素直に聞いてはくれない。
「いやちゃうって…なんで…」
ハッジはもう一度話しかけるがやはり…
「無いって言ってるだろぉぉぉ!!出てけよぉぉ!!!」
女性はヒステリックに喚く。
「だがら金ちゃうわアホ!!!!!」
ハッジも限界の様で女性に被せる様に怒鳴った。
「ッ………なんなんだよ」
女性はそんなハッジの勢いに押され静かになる。そして静寂になった空間にハッジの鼻を啜る音が鳴り響く。女性はその時初めてハッジの方へと視線を移す。
そして、その目に映ったのは涙を流すハッジの姿であった。
「………なんでっ!……なんで俺をあの時向かいに来てくれんかったんやッ!」
ハッジは拳を握りしめて女性を睨みつけ精一杯声を振り絞る、それは彼が捨てられたところをステイに拾われ出会ってから十数年、誰にも聞けなかった事だったのだ。
「………ハッ……口減しだよ」
女性は無情にも呆れた声と共に事実を言う。
「はぁー聞きたいのはそれだけか?用事終わったんなら私の仕事手伝って……ほらこれ、紙に住所書いたから配達して来て。お前は父親のおかげで飛べるんだ、早く終わるだろ?」
女性は未だ涙の渇かないハッジの目の前に雑に籠と1枚の紙を置く。
「ッ………なんやねんこれ?」
「タバコだよ」
「嘘つけ麻薬やろ」
「……あ〜?だからなんだよ?んなことハッジに関係ないだろ、ほら!さっさと行ってこいよ!」
「…………」
「あっそうそう、衛兵にだけは見つかるなよ。……あー見つかっても良いけど私の事は言うなよ」
女性はそう言ってハッジに背を向け店の奥へと行こうとする。
が……
「母さん……」
そんな女性をハッジはもう一度呼び止める。
女性は気だるそうに振り返ると、そこには既に弓を引き、矢の先端を母親に向けたハッジの姿が、あった。
「ナッ!?……何だよハッジィィ!!そんな私が憎かったのかぁ!?」
「………ちゃうわアホ」
「じゃあなんで私に矢を向ける!?」
「俺が国王直属近衛兵団第6部隊所属、ハッジ・ホーキンだからや。この国での違法な薬物の取引は重罪って知っとるやろ。母さん……なんでアンタは……こう……真面目に生きようとしなかったんや……」
ハッジはそう言い切ると矢筈から指をはなす。独立した矢は真っ直ぐと女性の脳天に直撃する。
「ハッ!………ジィ……ィ…………」
女性はその場に倒れ崩れる、矢の刺さった脳天からはトクトクとゆっくり赤い血が流れる。
「…………」
ハッジはそんな母親を後にし店を出る、そして店の外で待っていたキリスコと合流する。
「……どーだった?初めての第6部隊のお仕事は?」
キリスコは陽気にハッジに問いかけるが…
「……………後頼むわ」
ハッジはキリスコの問いに答えることなく、それだけ言い残すとゆっくりとその場を後にした。
ハッジ・ホーキン、彼は傭兵時代8名の命をその弓と矢で奪ってきた、だが………………いや、これ以上は語らなくとも分かるだろう。
キリスコの目に、日の光に照らされた綺麗な白い翼が映る。
――
一方その頃、第6部隊事務所の左隣にある書庫にステイはいた。
「ベルさん、どうしたんですか?急に呼び出して?」
彼は昨晩ザヲォ・マイトと夜遅くまで飲んでいた為、昼に起こされ眠そうに瞼を擦る。
「いやーそれがとても良い情報が入ってねー、これは是非ともいち早くステイ君に知らせなければと思ったわけだようん」
『ベル』とステイから呼ばれる女性は薄暗い書庫の中でそう言いにっこりと笑う。
「だからって召喚魔獣使ってまで起こしに来なくても……って、あっ!…まさか黒の玉寶見つかったんですか?」
「んー惜しい!正解は『太陽の血』でしたー!」
「が見つかったのか!」
『太陽の血』とはステイが職務放棄してまで世界中を旅し探し回っている3つ遺物の中の1つである。
「まぁそういうことさ、もっと私に感謝して喜んでくれてもいいんだよ」
「いや!ほんとっマジか!ありがとうベルさん!で!?肝心の在処は何処ですか?」
「うー…あー……何処と言うか誰だね」
「誰?」
「そうそう誰、太陽の血ってのは別に瓶詰めの聖水の様に物があって保管されてる訳じゃないんだ。現在進行形で人の体を巡っているモノだったんだよ。それも世界でたった1人のね」
「つまり…その太陽の血の所有者を殺して貰ってくれば良い訳ですね」
「まぁそういう事なんだけどねー…多分相当難しいんじゃないかな」
「なんですか?」
「血を貰う、それも人1人分……つまり敵対するわけだ。で、その太陽の血を体に巡らせている人物がね、史上最悪の勇者という汚名を持つ男[ヒナタ・セイヨウ]だからだよ」
「ッ………ヒナタ・セイヨウ!?」
「あー神学、占星術学、霊信学、カードに霊視、色んな角度から調べた結果、結果として彼に行き当たった。間違いないと断言していい。それに、ステイ君も知っているだろう?彼はリダ国と専属契約を結ぶ珍しい勇者だ、おかげで彼はリダ国でかなり自由に暮らしているそうだ。分かりやすく言うとどんな事をしても罪に問われない」
「…ちゃんと仕事はするらしいですからね」
「リダ国にとってヒナタは居るだけで他国への圧力になるからね、それに彼が現れてからリダ国は魔物による被害が大幅に低下し国民の幸福度は上がったとさ。全く…勇者に似て良い国だよ」
「……それでもアイツはクズです、リダ国に旅行に行った俺の友人も2人やられた」
ステイは思い出す、腕をもがれた友人の魔人族の恐怖に染まった顔と自身の息子が目の前でなすすべ無く殺されショックで廃人となった同じく魔人族の友人達を。
「……ステイ君、顔が怖いよー」
「ベルさん、ヒナタの今の居場所は分かりますか?」
「うんもちろんだとも」
「何処ですか?」
「今はリダ国の北西に位置する首都の次に大きい都市、ライリッヒにいる」
「……分かりました」
「ふーん………で?もう行くの?」
「えぇ、じゃっキリスコ達にはテキトーにいつものって言っといてください」
「おいおい待ってくれよステイ君」
「うん?」
「私も行く。大丈夫さ、足手纏いにはならない」
「なんでですか?」
「私も個人としてヒナタ・セイヨウに用があるのさ」
「わかりました。よろしくお願いしますベルさん」
「うん、久々に……本気で行こうか」
「えぇ」
――
場面は戻り、ハッジに後処理を押し付けられたキリスコはその後、店の中で黙々とハッジの母親の死体を袋詰めし、床に流れた血を雑巾で拭き取っていた。
「………んー?ママー?朝ごはーん」
すると店の奥から1人の幼い男児が眠そうな目を擦りながらトコトコと歩いて来た。
「ッ!?」
キリスコは急いで死体の入った袋を自身の背中を盾にして隠す。
「んー?お姉さん誰?」
男児はキリスコを見つめキョトンと首を傾げる。
「わっ私は……兵隊さんだよー、なんかここら辺最近物騒だからパトロールしてるのー。ぼくーお名前はー?」
キリスコは適当に話を合わせ誤魔化す。
「えー!?兵隊さんなの!カッコいいー!!僕っ僕ねっハッチって言うの!将来お姉さんみたいにカッコいい兵隊さんになりたいの!ねぇねぇどうしたらなれるかな!」
男児はキリスコに駆け寄り希望に満ちた熱い視線をおくる。
「ハハー……そーだなー、やっぱ男の子は筋肉が大事だから筋トレとかすればいいんじゃないかなー……」
キリスコは後ろの死体の存在が男児にバレない様適当な言葉を並べる。
「筋トレかー……でも僕魔法とか使いたい!」
「魔法ねーいいよねー……それよりハッチ君、お姉さんそろそろ行かなきゃだから……じゃーねー」
「えー!?まだお姉さんと話したいー!!」
「ダメだよー……それよりボク、あれ何?」
キリスコは何もない男児の後ろを指差す、そして男児の視線が後ろに向き死体と自分から離れた瞬間、すぐさま死体の入った袋を担ぎ店の外に出て、近くの裏路地に逃げ込んだ。
「……フゥー危なッ、バレるとこだったー」
キリスコは死体の入った袋を地面に下ろし一息つき、ポッケからタバコを一本取り出し火をつける。
が、その一瞬のよそ見がダメだった。
「…ママ?」
「えっ!?」
タバコに視線を移していたそのたった数秒がキリスコにとって1番避けなければならないミスへと招いてしまった。
先程まで店の中にいたはずの男児が、袋の中の死体を見てしまっていたのだ。
「………………………ッー…クソッ!」
第6部隊とはその実態を誰にもバレてはならない。
「はぁ……………………………………………マジ最悪」
キリスコは少し重くなった袋を担ぎ帰路に着く。
――
同時刻。
ハッジが初仕事を終えて第6部隊の事務所に戻るまでの道のりで、ハッジはとある人物に出会った。
「あっハッジだ」
その人物は薄ピンク色の肌というこの世界でもあまり見ない色を肌に持ち、腰まで伸びた綺麗な金髪をなびかせ、その頭からは2本の大きな角を生やした可愛らしい少女だった。
「あぁ、ステイさん…やなくてタイチョーの娘さんの…えっと…」
「人は我はフェティーと言う」
その大きな角を生やした少女は自身をフェティーと名乗る。
「あっそうそうフェティーちゃんや。奇遇やな」
「ハッジは確か今日から仕事だよね?もう終わったのか?」
「あぁ、今さっき終わらせたところや…」
「…ふーん……ご苦労であった」
フェティーはハッジの瞼が赤くなっているのを見て察し余計な事は言わなかった。
ご苦労、とただそれだけ…ハッジもそれだけで良かった。
「ハッ……気ぃ使わせて悪い……フェティーちゃん、飯でも奢るわ。ちょっとどっか行こ」
「えっ!?ほんと!?」
「あーいくらでもええ、可愛い子が飯食ってるの見て癒されたいんや」
「やったー!!」
フェティーは両手を挙げバンザイのポーズをとる。
ハッジはそんな幼い子共の様な行動をとるフェティーを見て口角が少し上がる。
「我!行きたい店がある!」
「ええやん、そこ行こ」
フェティーはハッジの手を取ると、嬉しそうに駆け足で歩き出す、ハッジは自身の手を引き、前を行くフェティーの明るい横顔を見て嬉しく思うと同時に、自分の愚かさを思い知らされる。
「あっそういやフェティーちゃん。フェティーちゃんって好きな人とかいるん?」
フェティーはいきなり聞かれた脈絡のない質問に少し間を開け答える。
「………んー…ママ」




