〈4〉どこの鶏も素手
「「かんぱーい!」」
近衛兵団の衛兵の中で『ここの酒は美味い』と有名なとある酒場に2人の男の昌和が響く、そして2人の男は一気に小樽に注がれた麦酒をゴクゴクと呑み干す。
「…ンッンッ!…ッークァァ!!久々に飲んだけどやっぱここのビールが1番美味いな!」
「ハハ、ステイはこの国にいる事が少ないからね…隊長のくせに」
「くせにって言うなよマイト〜お前は逆に城に居過ぎなんだよ」
「仕方ないんだよ、それにね最近俺副隊長に昇進したから城に居る時間もっと増えたんだよね」
「マジィか!じゃあ今日はお前の奢りな!」
「……はぁー…仕方ないね」
「ヨシッ!オヤジー!もう一杯!」
カウンター席でステイの右隣で一緒に酒を嗜むのはサッドアブリル国近衛兵団第2部隊に所属しステイの同期である[ザヲォ・マイト]という男である。彼はこのサッドアヴリル国では抜きん出た弓矢の使い手であり昨日第6部隊に入隊したハッジの師匠にあたる。
「……そう言えば、ここに来るまで話してた君のところのキリスコ君とハッジの喧嘩についてなんだけど…」
「あーまだ途中だったな……どこまで話したっけ?」
「キリスコ君が肩負傷したところだね」
「あーはいはいオケオケ、あの後はな………」
ステイは語る、昨日の出来事の全てを。嬉しそうに……。
――
キリスコの左肩はハッジの豪速の矢によって貫かれ、キリスコは大戦斧を落とし、膝を付き右手で傷口を抑えていた。
だが、傷穴は1つしか塞げない、貫通した左肩の後部からは未だ血がドクドクと音を立て床に赤が広がる。
〈[キリスコ・インディファレント]視点〉
……まっずい、この出血量はチョーシャレになんない。このままだとアタシはあともってちょっと……しかも片手しか使えない。
どうしよう隊長にかっこ悪いところ見られちゃったなー。
いや、それは今考えるな、目の前の相手に集中しろ。
ハッジの野郎はもう勝ったと思ってる、弓矢を構えていないのが証拠だ……この隙を狙って一気に飛びかかるか?
いや無理だ、片手でも大戦斧は振れるけど速度が出ない、ハッジの軽快さなら簡単に避けられてさっきの二の舞になるのがオチだ。
じゃあどうすアタシー…武器がまともに扱えない以上…………あっ…まって、この勝負別に…いやまてよだとしたら逆に……。
〈[ハッジ・ホーキン]視点〉
ハッ…なんやコイツ…何で左肩貫かれてえぐい血出てるのにこんな涼しい顔出来るんや?汗1つかいてないやんけ。
普通の人間なら矢刺さっただけでも地面のたうち回るもんやろ……それほど矢は痛いはず…。
まぁ仮にもステイさんの下で副隊長はってるだけの事はあるなー…。
せやけどそれはこの勝負になんも関係ない、左肩を貫かれ左手はもうちっとも動かされへん、その状態やとその無駄にデカい斧持ち上げる事すら無理やろ。
まぁせやけど相手にも面子っちゅーもんがある、最後になんらかの抵抗があるはずや。まぁそんな抵抗たかが知れとるけどな。
俺はそこにトドメの一撃放って、この喧嘩は終わりや。
ほら、動いてみろやスカタン、動いた瞬間ど頭撃ち抜いたるわ。
―
「…………フゥ」
「…………ハッ」
2人の思考が交差し訓練場に沈黙が空間に広がる。
お互いは同時に理解した、この勝負はもうすぐ終わると。
「……………」
そして沈黙の火蓋を切ったのはやはりこの男。
「フッ!」
キリスコ・インディファレント……が素早く大戦斧に右手を伸ばし指をかける。
だが、その瞬間を見逃すはずもなく、ハッジの異常な反応速度により矢は既に放たれた。
矢は真っ直ぐキリスコの頭めがけ風を切り突き進む。
が…その矢はキリスコに当たらなかった。
なぜならキリスコは大戦斧をハッジめがけ矢と自身の動線を遮るよう前方へと放ったのだ。そうしてハッジの矢は大戦斧の柄に弾かれ床に刺さる。
ハッジは一瞬弾かれた事に動揺するが、彼は瞬時に落ち着きを取り戻し矢が弾かれたと認識した時には既に次の矢を弓へとかけていた。
現状、ハッジから見てキリスコの体は放られた大戦斧の影に隠れ見えない、だが逆に言えばキリスコからもハッジが既に、次の矢を放つ準備が終わっているというのが分からなかった。
ハッジは集中し、大戦斧が床に落ち、キリスコの体が見えた瞬間矢を射る為に呼吸を整える。
キリスコはもう武器を持たない、丸腰である。そしてハッジの豪速の矢を視認し避けれる程キリスコは反射神経が良い訳でもない。
そして大戦斧が床へと落ちる。
「終わりや!キリスコ!!」
ハッジはその瞬間、矢を放つ。
矢は大戦斧の影にいるキリスコに向かい突き刺さる…………はずだった。
「……あ?」
矢はキリスコには当たらなかった。
何故なら大戦斧の影にキリスコが居なかったのだ。
「ど…こや?」
「ここよ」
ハッジの後方からその声は聞こえた。
ハッジは急ぎ振り返りながら矢を弓へとかける…が、もう遅かった。
「とりやァァァァ!!」
後ろへ振り向くハッジの顔面に、キリスコの右ストレートが直撃。
「ぐぶッ!」
ハッジは後方数メートル吹き飛び、鼻血の軌跡が綺麗な放物線を描いた。
「がっ!………がはっ!なっなん…いつの間に……」
ハッジは吐血しながもまだ立ち上がる。だがその手には何も握られていなかった。弓と矢は殴られた際手本から離れたのだ。
キリスコはそんな自身の足元に落ちた弓と矢を訓練場の隅へと無情にも蹴り飛ばす。
「フッ……お互い丸腰ね」
キリスコはそう言い動く方である右腕を前へと突き出す。
ハッジは悟る、その右手の意味するところつまり……
「……ギャハッ!ええやん!超絶技わかりやすいやんけ!男同士最後はやっぱステゴロやろ!」
ハッジは両手を構え臨戦体制へ入る、そして両名はゆっくり歩みより確実に距離を詰める。
そうして……2人の制空権が重なった……その瞬間。
「シッ!」
先に仕掛けたのはハッジ。ハッジはキリスコの頭に狙いを定め、右、左、下から上へと両拳を突き出し乱撃を繰り出す。
だが、そんな雑な攻撃はカスる事はあってもキリスコにはまともに当たることはなかった。
「当たれや!クソ!」
一方のキリスコは未だ避ける事に徹する。そんなキリスコに対しハッジはイラつき、当てるという感情がハッジの重心を前方へと傾かせる。
「フッ」
キリスコは笑う、何故なら彼はそれを待っていたのだ。
キリスコはハッジの乱撃中の右手首を捌きそして力強く掴むと手前へと引っ張る。そしてハッジの体制が前へと崩れる、キリスコはさらにそこえ足を突き出しハッジがバランスを保つ為の足をも崩した。ハッジの体制は完全に前方へと落ちる、そしてキリスコは体と共に落ちて来たハッジの顎めがけ膝を合わせ強く突き上げた。
「ぐボッ!」
ハッジの顎は鈍い音を立て、ハッジはまたしても床に倒れ込む。
そしてそこに追い討ちでキリスコはハッジの腹部に蹴りを入れた。
ハッジは雑巾の様に床を滑り転がる。
「ッー!……クソがァァ……」
腹を抱え痛み悶えキリスコを睨むハッジ、それに対しキリスコは冷たい目でハッジを見下す。
「フッ……もう限界でしょ?負け認めたら?」
「ハッ!……ぐふっ!ゴホッゴホ……ハッ!誰が認めるかよ!テメェこそもう意識殆どねぇんじゃねぇのか!?スカタン!!」
ハッジの言う事は正しかった、キリスコは既にもう意識がほぼないに等しかった。理由は明確、ハッジに貫かれた左肩からさっきの一連の動きによってキリスコの予想より多量の血が流れてしまったのだ。
キリスコは現状ハッジを追い詰めてるかの様に見えるが、ハッジからしてみればどれだけ殴られようと気絶か降参さえしなければ後は時間が解決してくれるのだ。
「…ハッ…ハァ?何言ってんのよアンタ、アタシまだまだチョー元気なんですけど」
キリスコはハッジに向かいそう言う。
だが…その視線の先には誰もいない。
「おい、どこ向いて喋ってんや?俺はここやぞ」
キリスコはもう多量の失血で、目が霞みよく見えていなかった。ハッジの姿が捉えられないほどに。
「ほら!くたばれカス!」
ハッジは意趣返しのつもりだろうか、キリスコの顎に全身全力の右アッパーをぶちかました。
キリスコの口からは血に混じり欠けた歯が無数に吐き出る…………だが、それだけだった。
「…………なっ!?」
「……ッ痛ったいわねー……入れ歯壊れちゃったじゃん……でもまぁ…場所はわかった……」
キリスコは倒れない、そして欠けた歯を見せつけるかの様に不適に満面の笑みを浮かべる。
「今度は見失わないわよ、じゃっアタシの勝ちね」
「クッ…スカタンがぁぁ………」
キリスコは右拳を振り上げる、そして同時にハッジは悟る。三日三晩は痛みで寝れない夜が続くだろう……と。
鉄槌。
ハッジの顔面にキリスコの右拳が沈み込み、床にはヒビが入る。
そして、もうハッジは立ち上がらなかった。
「フゥー…………チョーキモチー!!」
キリスコの甲高い喜びが訓練場に響き渡る。
こうして、第6部隊の副隊長の座を賭けた喧嘩はキリスコが勝利を飾り幕を閉じた。
――
「まっ…こんな感じだな」
ステイは昨日の一部始終を話し終えると追加で頼んでおいた麦酒を飲む。
「ふーん…ハッジは負けたのか、師匠である俺としえは歯痒いところだね」
ザヲォ・マイトは悔しそうにそう言うと、持っていたおつまみの豆を指で砕き潰す。
「まぁ…ハッジに関しちゃ分が悪かったよ」
「分が悪い?」
「キリスコはな巨人族の末裔なんだ、人体として強度が俺達とはダンチなんだよ。鉄に木じゃ勝てないだろ?」
「ふーんハッジはまんまとキリスコ君にノせられた訳だね」
「まぁそゆこと………あっマイト、昨日アイツらの戦いを見て思ったんだが、ハッジ……あいつ有翼人なのに昨日の喧嘩中1回も飛ばなかったんだよな」
ステイはふと浮かんだ疑問をハッジの師匠であるザヲォ・マイトに問う。するとステイの問いに対しザヲォ・マイトは少し困った顔を浮かべた後、渋い顔で話し始める。
「……あー……ね、そうなんだよね。ハッジは飛ばない、というか飛べないんだよね」
「えっ!?」
「生まれつきらしくてね、ハッジが言うにはどうも翼の付け根にある筋肉がうまく発達しないらしい」
「……どうりで翼が真っ白で綺麗な訳だ」
「おいステイ!………今の、絶対ハッジに言っちゃダメだからね」
「わってるよ」
「はぁー………じゃあ俺はもう帰るよ、今から明日の朝まで仕事なんだよね」
「大変ですねー第2部隊の副隊長様は」
「ハハ……じゃあまた飲もうね。マスターにはもう支払いはしてあるからね」
「おう…サンキュじゃあな」
ザヲォ・マイトはステイに背を向け酒場のドアを引き出ていった。残されたステイは明日の事を考えながら1人で酒を嗜んでいる。
「…………あー…ビールうまっ」




