〈2〉親の背がなくとも子供は育つ
「やぁやぁ久しいね……おや?ちょっと痩せたんじゃないかい?いや君はヴァンパイアだったな、太ることはあっても痩せることはないかアーハッハッ!」
窓が無く、蝋燭数本が薄暗く部屋を照らし、異様な程大量の古書が散乱して床は本で埋め尽くされ、足場が無いに等しいイかれたとある一室。
その床に散乱している古書を積み重ね、まるでベッド上で寝転ぶかの様にリラックスしている女はそうステイに軽口を吐く。
「えぇ久しぶりですね、ベルさんも元気そうでなによりです」
「おいおい辞めてくれよ敬語は、役職上じゃ君の方が上なんだから……それよりだ、黒の玉寶はあったのかい?」
ステイから『ベル』と呼ばれる女は笑みを浮かべながらステイに問う、その笑みからはもう答えなどわかっているように。
「……無かったですよ。それらしき情報もゼロ」
ステイは下唇を少し噛み、悔しさと共にありのまま事実を伝える。
「そうかーそうかいそうかい……ステイ君は今回も無駄足を踏んだ訳だー。あーあ、サッドアブリル国近衛兵団第6部隊隊長殿も不運だねー」
ベルは呆れた口調で古書の上に不安定に置かれたグラスを手に取り、ささったストローを咥え中身の液体を啜る。
「違う、アストラサウドには無かっただけだ。世界の何処かには必ずある」
「っはぁー…そのセリフ、もう何回も聞いたよ聞き飽きたよ。まったく…君は体と同じで何も成長しないんだね全く」
「…………チッ…」
ベルは嫌味を言う。だがステイもそれは自分自身で嫌というほど理解しているので何も言い返さない。
「そ・れ・よ・り・だ……ステイ君、重要な話がある」
「?何ですか…貴女がためてまで言う事なんかあるんですか?」
ベルは真剣な顔になる。ステイはそんな彼女の顔を見た事が無かった。
「……ステイ君、最近の第6部隊の状況を知ってるかい?」
「いえ全く」
当たり前である。ステイは隊長という立場なのにも関わらず、常に席を空け『遺物』を探す旅に出かけている、その為第6部隊の現状など知るはずなどなかった。
「ふんそうか…まぁ隣の事務所に行けば分かるよ、多分キリスコ君がいるはずだ……覚悟して行くんだな」
ステイは固唾を飲み込み隣の部屋である事務所に向かった。
「………はぁ一体何事なんだよ。マジで緊張してきたぞ。ベルさんがためてまで言う事だし…」
ステイは溜息を吐き、恐る恐る事務所の扉を引く。
すると…
「うおッ!!」
ステイは目の前の光景に驚き思わず声を上げた。
何故ならステイの目の前に広がっていたのは一面の『紙』。机の上はもちろんのこと、ソファーの上、床にまでびっしりと書類で埋め尽くされていたからだった。
「あっ!ステイ隊長ー!」
「これはまた、随分と溜め込んだな」
そんな書類の山……いや書類の世界の中で第6部隊副隊長キリスコ・インディファレントが汗をかきながら書類を整理していた。
「どこいってたんですかー!アタシチョー寂しかったんですよー!」
キリスコは書類を踏み荒らしながらステイに飛びつき力強く抱きしめる。
「おい、辞めろって俺はノンケじゃねぇ」
「…いやだ」
だかキリスコはステイから離れず強く抱きつくのを辞めなかった。
ステイはキリスコのこういう生態を既に嫌という程理解していたのでそのまま抱きつかせたまま埃の被った自分の席に着き書類の整理を始めた。
「……はぁ、ついてないなー」
と、ステイは独り言を呟く、キリスコはそんなステイの顔を見て不思議そうな顔をした。
「ん?……ステイ隊長、また玉寶見つからなかったの?」
「あぁ」
「あっそー……てかさー、ソレってそもそもあんの?」
「は?」
「だからー、そもそも実在してるのかってこと。嘘とかチョー出鱈目って可能性は無いの?」
「無い」
ステイはそうキッパリと言う、だが…
「根拠は?」
「……無い」
ステイにとって黒の玉寶とは目的の為に絶対必要なものだ。つまりソレがそもそも出鱈目の存在だとしたらステイは目的を諦めざるを得なくなる。
つまり、ステイにとっての『玉寶を見つかる』とは彼自身の生きる意味だ、つまり『無い』というのは絶対にあり得ない、あり得てはならない事なのだ。
「ふーん、最高だね!」
「あぁ、最高だ……じゃねぇよ」
キリスコは数少ないステイの過去を知っている者である。8年以上の付き合いになるだろうか、キリスコはそんな何年経っても一途に目的に向かい続けるステイを同性ながらも愛し理解者として隣に居続ける。
「まぁー俺はヴァンパイアだ、時間は無限にある……ゆっくり探すよ。それよりほらそろそろ抱きつくの辞めて書類片すの手伝ってくれ」
「はーい」
キリスコはアッサリと抱きつくの辞め自身の席に戻り書類の整理を再開する。
そうして2人は日が暮れ月が頂上に登る頃まで書類を黙々と整理した。
そうして書類の整理も終わりに近づいてきた頃、ステイはキリスコに聞きたいことがあったのを思い出した。
「なーキリスコー……フェティーは元気か?」
「うーんチョー元気だよー…てか隊長が自分で確認すればいいじゃん」
「…まぁそうなんだけどな……俺ずっと出かけてて父親っぽいこと全然してやれてないからさ……」
「気まずいのー?」
「そう……なのかもな……」
相手が女装しているとは言え同じ男だろうか、ステイは結構突発的に情けない話をする。
「まぁーいいんじゃなーい、フェティーちゃんももう14歳、立派な大人だよー。親が干渉する程でもないんじゃなーい?」
この世界ではどこかの過保護島国とは違い14歳とは立派な成人扱いである。
「そう…か…まぁ…そうだよな」
そう言うとステイは席を立ち上がり帰りの支度を始めた。
「んー?隊長帰るのー?」
「あぁ、書類はもう殆ど片したし飯でも食って寝る」
「えー!?アタシもご飯行きたーい」
キリスコは両腕をバタつかせ駄々をこねるかのように自身をアピールする。
「じゃあ一緒に行くか」
「よっしゃっおら!」
そうしてステイとキリスコがご飯に行く為事務所を出ようと事務所の扉を押すと、〈ゴッ〉と扉と何かがぶつかる嫌な音がした。
「んー?」
ステイは何事かと扉の向こう側を確認する、すると扉の向こう側では自身の娘であるフェティー・セントが頭を抑え悶え苦しんでいた。
「いっったァァ!」
「おいフェティー!大丈夫か?」
「うぅー痛い……いたいたい」
フェティーは鼻を抑えながら足バタつかせ痛みをまぎらわす。ステイはしゃがみ込みそんなフェティーを抱きかかえると事務所内へ戻り応急手当てを始めた。
「あー鼻血結構出ちゃってるなー…もー扉の真ん前に居ると危ないだろー。次から気をつけろよー」
「う、うんわかった」
フェティーはそう涙目になりながら言う、鼻血はあまり重傷ではなかったのだろうか、それともヴァンパイアとしての血を引いているからか……少し経ったら鼻血は直ぐ止まった。
「…………ねーパパ」
するとフェティーは鼻血の付いた紙を捨てるステイの背中側から小さな声で話しかける。
「んーどうした?」
「ご飯…今からキリスコと行くの?わっ我も…」
「あー仕事がひと段落ついたからな、でももう夜も深くなってきたし……お前はもう寝ろ」
ステイはフェティーのセリフを遮り、背中越しに塵紙を片付けながらそう言う。
「…………うぅ」
フェティーはなんとも言えない表情で俯く。
キリスコはそんなフェティーが見ていられなくなり口を開いた。
「ねーちょっとー隊長ー、流石に冷たすぎますよ」
「あぁ?」
「フェティーちゃんは1年ぶりにパパと会ったんだよ。せめて少しくらい我儘聞いてあげなさいよ」
キリスコは普段は見せない真面目な表情でそう強く言う。
「………」
ステイは手を止め、そして考える。
確かにフェティーはもう既に大人と言える年齢になってきた。体と言動は…まぁあまり大人とは言い難いが精神的に見たら分別のある大人だろう。
そしてステイは思う、自身の娘はもう子供ではなくなったんだなと。
だとしたら、強制などせず自身の好きな様にさせるのが親としての正しい行動なのではないか、ステイはそう判断した。
「………そうだなありがとうキリスコ、ヨシッじゃあフェティー。なんか食いたいもんあるか?」
フェティーの顔色が一気に明るくなった。ステイはそんな娘の笑顔を見て自分が間違っていなかったんだなと思い、ステイもまた笑顔を浮かべる。
「じゃっ、じゃあ我美味しいオサケが飲みたい!」
フェティーは満面の笑みで言う。その曇り一つ無い純粋な笑顔はステイにとって…親として見ていてとても嬉しいものだ。だが…
「ハハッ…それはダメだ」
好きにさせるとは、決して好き勝手にさせて良い訳ではない。そこは親としてちゃんと言い聞かそう。
――
「ひ!と!が!チョーーー!!す!く!な!い!!」
夜遅くまで営業をしている店は少なくご飯を食べる店は限られてくる、なのでステイ達は無難に24時間開いている冒険者ギルドでご飯を食べる事にした。
「おいどうしたキリスコ、お前酒飲んで無いよな?」
ステイは暴れ喚き散らかすキリスコの腕を引っ張り自身の太ももの上に座らせ、腕ごと胴体を抱え静止させた。
「人が!少ないのよ!少なすぎる!」
だが、キリスコはまだ喚く。
「聞こえてるって……うるせーな」
「でも我もそう思う。パパは殆ど居ないしベルは部屋から出てこないから事務仕事は我とキリスコでやるしかないからな。本業の方はベルも手伝ってくれるからそれなりに周ってるけど…」
ステイとキリスコの向かい側に座りるフェティーは、そう肉を齧りながら言う。
「そーよ!フェティーちゃんの言う通り!ベルゼさんはいいとしても隊長は居なさすぎ!トップなんだからもっと数少ない中頑張ってるアタシ達をチョー労って!」
「………じゃあ人入れるか」
「「えっ?」」
キリスコの顔が一瞬で真顔になる、それと同時にフェティーもフォークを落とす。
フォークが落ち金属と床の鳴らす金属特有の高い音が2人の驚きをより強く主張していた。
「えっ?じゃねぇよ、だって人少ないんだろ」
「………は?いやいやいやいやいやいやありえないありえないんですけど…………だってアンタ、人間不信かなんか知らないけど今まで第6に入隊志願してきた人全員拒否ってるじゃない。そのせいで第6は未だ初期メン、同期には幽霊部隊だの事務仕事処理部隊だのイジられ続けアタシが何回も何回も人欲しいって言った、けどソレなのにアンタはずっと入れなかった……で?アンタが人入れますってどういう事?」
キリスコは白い目でステイを見つめる。
「ハハハ………それは悪いと思ってるよ」
キリスコは内心、ぜってぇ悪いと思ってねぇだろ!と思いつつも怒りを収め、憤りをため息として放出する。
「ッはぁー………で?どんな子なの?人間不信のクソ隊長がそれでも入れたいオキニって?」
「今、俺の同期に預けてる奴でな……弓を使うんだ、ウチベルさん以外に遠距離イケる奴いないだろ……」
「名前は何て言うんだ?」
「名前はえー……確か………ハッジ・ホーキン」
ヴァンパイアの食事事情。
ヴァンパイアは人間の血と肉でしか栄養が取れないよ♡
今回の話でステイが食事に行く理由はただ食べ物の味を楽しみたいからってだけ♡
嗜好品みたいな感覚って言えばわかりやすいね♡




