〈10〉日向聖陽:ヒナタセイヨウ
俺の名前は日向聖陽。日向が苗字で聖陽が名前だ。
年齢は17、肩書きは高校生三年生、部活はバレー部、そんな俺は今部活が終わりで帰り道を2つ下の妹と歩いている最中だった。
「どうだ菜月、高校は?」
桜が例年より早く散った4月2日、高校生活2日目の妹に対し俺は問う。
「別に普通……」
なんとも思春期らしい返答……。
「ふーん普通か……そういや今日母さんがスシローで寿司買ってるって。先言っとくがサーモン全部俺のな」
「ざっけんな、聖陽はイカの処理係って前言ったじゃん」
「………イカ2貫!!」
「ちょっウッサイ!」
「ハハハハハ……知ってる?これ?」
「千鳥のやつでしょ」
「そうそう……」
「聖陽好きだもんね千鳥、私はジャルジャルかなー……」
「クレーマーかっ!!」
「アッハッハハハ!!似てる似てる……」
自慢…という程ではないが俺は周りの妹持ちと比べて妹と仲が良いと思う。
「あー……そういえばさバレー部って最後の大会いつなの?」
「春高まで行けば一月まで」
「いけるの?」
「ビミョい」
「……てかそんな部活ばっかで勉強だいじょなの?」
「まぁー…今のところは無問題?」
「微分積分ってムズイ?」
「度し難いね」
「ふーん……まぁ私、高校卒業したら専門いくからどうでもいいけどっ」
「初耳なんだけど……美容師か?」
「いーや……看護師」
「玉の輿狙いか?」
「イグザクトリー」
「ハッ!」
平和な日本にありふれた平和な会話。きっと家に帰ってYouTube見て、飯食って、寝て起きたらすっかり忘れているであろう帰り道での妹の笑う顔。
だが……今日、俺たちにはそれが無かった。
帰り道…確かに俺と菜月は青信号を渡っていたのだ、確かに…。
「おい!誰か!救急車!!」
「えっ何?事故?」
「血ヤバッ」
「早く救急車!!」
「グロ〜」
「救急車!!」
「ねぇこれやばくない」
「死んだんじゃね」
「てかどう見ても死んでるやん」
俺こと日向聖陽と妹の日向菜月は新学期、妹に関しては新しい学校生活が始まったばかりの4月2日、学校からの帰り道に乗用車を運転していた中年のオッさんに横断歩道上で轢かれ死亡した。
即死だった。
――
「んっ………」
俺が次に目が覚めた時、というか死んだはずの俺に次がある事自体変なのだが、俺は素っ裸でお花畑の上で空を見上げていた。
「これが天国ってやつか……?」
隣には同じく素っ裸の妹の菜月もいた。妹の体を見る限り事故による外傷は無かった、俺も無かった。
「おい菜月、起きろっ」
俺は菜月の肩を掴みそれなりに強く揺らす、菜月は寝起きが悪いからこのくらいしないと起きないのだ。
「っ…んぅ?……もう朝?……学校……」
事故によるショックで記憶が曖昧なのだろう、菜月はベットの上にいると勘違いをしていた。
「…………は?ここどこ?てかなんで裸?」
菜月は目を大きく開き周りを見渡す。
「覚えてないのか?車に轢かれたんだ」
「………………あっ……あぁ……」
菜月の顔色が青ざめていく、思い出したのだ。
「…もしかして……死んだの?私達?」
「多分……」
自分でもおかしいと思うくらい俺は冷静だった。死んだという現実味が無いからだろう。
それからというもの、俺達は何も話したりする事なくお花畑の中で空を見上げていた。お互い受け入れているのだ、今のおかしな現状を。
そして太陽が沈もうと空に赤みが出始め、天国にも夕方ってあるだーなんてどうでもいい事を考えていた時。お花畑の向こうから誰かが歩いてくるのが目に入った。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ー!」
その誰かは俺達に対してだろうか、何か大声をあげていた。距離が遠いのと逆光で姿は見えないが、その誰かは着実に俺達に近付いてくる。
「ねぇ、なんか来たよ」
菜月はそう言い俺の後ろに隠れる。
「もしかして天使とか?」
俺のマジよりの冗談はさておき、その誰かは太陽を遮るように俺達の前に立つ。
「⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」
「……えっ?なんて?」
俺達の前に立つのは俺と同じ歳くらいの金髪金眼で王子様の様な煌めいた衣装に身を包む青年だった……ただ、おかしいところがあるとするならばそれは頭にあるケモ耳と、ケツから生えた尻尾であった。
「ここ、なんかのアニメの聖地とかなんですか?」
辺り一面に咲く花、確かに良いフォトスポットになるだろう。有名かどうかはさておき、レイヤーが写真を撮ろうとしたら後ろに素っ裸の男女がいて写真が撮れないから注意にでも来たのか…。いや、そもそもここ天国だし天国にレイヤーなんかいる……のか?
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」
うーん、何言ってるかわからん。外国の人か?
発音的に英語ではないし……クソッもっと勉強していれば。
「あのすいません、ここどこですか?」
「…………」
反応が無い…。言葉が通じないならそうなのだが、さっきから目つきが怖い。
「⬛︎⬛︎!⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!」
「ワッツ!?」
目の前のケモ耳青年はいきなり俺の腕を掴み歩き出す。俺はこの青年に悪意を感じなかったのでそのまま黙って着いて行くことにした。が、信じた訳じゃない。
「菜月、俺に何かあったら全力で逃げろよ」
「聖陽はどうすんのよ?」
「……その時考える」
悪意を感じなかったとはいえ相手は意思疎通も出来ない不審人物。万が一の事を考え俺は菜月にそう言ったのだが、俺達の不安は杞憂だった。
ケモ耳青年に連れてこられたのは見るからに豪華な一軒家だった。ホワイトハウスの進化版と言えばしっくりくる。
「スッゲ……なんだこの…家なのか?」
ケモ耳青年は笑顔で入口らしきデカい扉を開ける、入口の先は外装以上に派手派手だった。それに丈の長いメイド服を着た使用人らしき人が十何人と頭を下げ迎えてくれていた。しかも全員ケモ耳尻尾付きであった。
コンカフェの最終形態かよ。
「ねぇ聖陽…水曜の可能性とかないよね?」
「流石にパンピーの俺達にこんな予算使わないだろ…」
青年は笑顔で家の中に招き入れてくれる。流石に怪しいが俺達は入るしかなかった。
「なぁアンタ…服くれないか?」
今俺達は全裸である、このまま人様の家に上がるというのはあまりに抵抗がある。だが言葉が通じないので俺は『服くれ』とジェスチャーで表現。ケモ耳青年はそんな俺を見て理解してくれた様で使用人に何か言い服を持ってこさせてくれた。
「thank you!」
言葉で伝わらないので俺は笑顔で感謝を伝える。ケモ耳青年はそんな俺の笑顔を見て笑顔で返してくれた。
「うわっ…菜月お前、学祭のメイドかよ」
菜月と俺に渡された服はこの家の使用人が着ている服だった。
「聖陽も無理してスーツ着させられてる中学生みたい」
確かにサイズが少し大きいのでそう見えるのは仕方がない。まぁ全裸でなければ何でも良いよ。
「⬛︎⬛︎!⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!」
「……マジで何言ってるかわからないが、よろしく!」
――
それから月日はだいぶ流れた。俺と菜月は言葉もある程度理解し、この天国と勘違いしてきた世界もわかってきた。ありふれた一言でいえば『異世界』だ。
そして俺と菜月はこの異世界で今、この豪華な屋敷で使用人として仕事をしている。
「おはようございますレイ様!」
「あぁ、おはよう。セイヨウ」
あの時俺達を拾ってくれたケモ耳青年の名前は[レイ・ベティー]。この豪華な家の主人の一人息子だ。
この世界の言葉が喋れ始めた頃、俺はレイに何故あの時俺達を拾ってくれたのかを聞いてみた。すると、
「あの時僕は君達を逃げ出してきた奴隷だと思ったんだ、裸だったしね。だから助けた、理由はそれだけだよ」
といういかにも好青年ッな応えが返ってきた。
つまりレイは良い奴だ。
「今日は夜の会食以外特にこれといった用事は無いです。それまでどうしますか?」
「うーんそうだな今日は天気が良い…セイヨウ、剣の稽古を付き合ってくれるか?」
「もちろんです!」
俺と菜月はレイの専属使用人として家に住まわせてもらっている。なのでレイの言う事には全てYESだ。
勘違いしないでほしい、嫌って訳では決して無い。
そして太陽が真上に登ったお昼頃、豪華な屋敷の中庭に木剣と木剣が交わる音が響く。レイは剣があまり上手くない、というかそもそも体がそんなに丈夫ではないのだ。剣という物を17まで握った事のなかった俺だが、今では俺の方が実力でいえば上だろう。
「はぁはぁ疲れたー……セイヨウ、ちょっと休もう」
「もうすかー……レイ様はもっと飯を食った方がいいですよ!」
稽古で乱れた服の隙間からレイの薄い胸筋が見える。
「……それにしてもナツキはまだ寝ているのか?」
「昨日も夜遅くまで仕事してましたからね」
菜月はこの世界に来てから異常と思えるほど勤勉だった。俺はこの世界の文字は書けも読めも出来ないが菜月は両方スラスラとこなせる。文字が理解できる様になってから菜月は夜遅くまで屋敷の本という本を読んでいる。
「そうか、ナツキはきっと良い使用人になるよ…」
「…………そろそろもう一本やりましょう」
「そうだね」
それから夕方になるまで中庭には木剣が交わる音が響いた。
屋敷に戻ると菜月が俺とレイ分のタオルを持って立っていた。
「お疲れ様」
「ありがとうナツキ、風呂に入るから着替えも用意しておいてくれ。会食に合わせて少し落ち着いた衣装を頼む」
「分かりました」
「菜月、俺には水を頼む」
「自分でやれ」
「は…はい」
最近やたら俺に対して当たりが強い、思春期だからしょうがないけど兄としては寂しいよ。
「あっそうセイヨウ、ナツキ、風呂が終わったら話がある。僕の部屋で待っていてくれ」
「?…はい」
レイはそう言い残すと風呂へと向かった、残された俺と菜月は言う通りレイの部屋で待機する。
「レイがあんな風に改まって言うことなんて今までなかったよね」
「そうだな」
「ねー聖陽、私達これから先ずっとこの家にいるつもり?」
「…………さーな、でもこの家以外俺達の居場所はないだろ」
俺達はここで働いているとはいえお金はいっさい貰っていない。その代わり住む部屋と食事、その他生活に必要な物を貰っている。
「……そういう菜月は出たいのか?」
「まぁね…せっかく生きてるんだからもっと色んな場所行ってみたい」
「…………それもそうだな」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」
俺と菜月は気づかなかった、既に部屋の中でゆっくりとくつろぎお茶を飲んでいるレイの存在に。
「ッ!⬛︎⬛︎⬛︎!⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
幽霊かよっ。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」
「⬛︎……⬛︎⬛︎」
「………⬛︎…⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。セイヨウ、ナツキ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」
―
「レイ様…どういう意味ですか?今でも俺達はレイ様に従い付いていますけれど?」
「まぁそうなのだけれどね、厳密に言うと君達はベティー家の従者ではない、あくまでお手伝いさん扱いだ」
「何がちがうんですか?」
「従者はね必ず体の一部に仕える者の家紋を刻むんだ。一生消えないようにね」
「…………」
きっとそれを刻まれたたら『刻まれた』だけじゃ済まないのだろう。この未知の世界なら俺には到底想定出来ない何かが起こるのかもしれない。
「まぁ今すぐに決めて欲しい訳じゃない。あくまでこう言う話もありますよ程度で考えてくれて構わない。………断ってももちろん構わないよ」
「…………はい」
「はい、じゃあこの話終わり!そろそろ会食の時間だ、行こうか2人共」
「……えぇ」
そうして俺と菜月はレイの後ろに着いて行き屋敷の大広間に向かう。隣を歩く菜月はさっきの話を聞きどう思ったのだろう。
菜月は色んな場所に行きたいと言っていたし多分心よくは思ってないよな。
かといって……俺達にはこの屋敷以外での生き方を知らない。
「セイヨウ、今日の会食の相手は確か……」
「えっ…えぇ、隣国ドンイのクロコ大臣です。それと付き人で他一名、えっと…確かベルゼブブ…なんとかです。すいません付き人まで把握してなくて」
「クロコ大臣…気が短くて有名な人だよ。はぁーせっかくの食事なのだから穏便に済ませたいね」
「大丈夫ですよ」
「まぁ相手の出方次第では僕も黙ってはいられないかな」
そうして俺達は既に会食相手が待っている大広間へと入る。




