こちとらヒロイン様やぞ!
最近ヒロインかどうか疑わしくなってくる伊吹みおです。まだ八話目なのにヒロインが疑問を感じる乙女ゲームってなんなんだ。たくましく生きるよ。
1週間のバイトは無事に終わった。飲食店の接客だったからね、慣れてる。元気に愛想よくはきはきとをモットーに頑張ってたら、店長さんから絶賛された。真面目に正社員として働かないかと勧誘された。ちょっと保留にしてる。
いや、ぶっちゃけ将来のことなんて考えてなかったけどさ。私トリップする前の世界じゃもう死んでるし? ここで生きていかなきゃいけないし? 攻略対象者は全然振り向いてくれないし?
そろそろ一人で生きていく術を持たなきゃいけないと思うんだよね。
今までは完全にゲーム世界と同じで、依存して結婚すれば何とかなると思ってたし。ここは二次元じゃなくて、もう現実になったんだから。頑張らないと。
決意新たに障子を開けたら、目の前にアキトさんがいた。ちょうど起こしに来たみたい。
「おはようございます、アキトさん」
「あ、ああ。早いな。どうした、出掛けるのか」
「はい、バイト続けようと思って。バイトというか、正社員として働こうかなって」
アキトさんがびっくりした顔をしている。どうした。そんなに驚くことあったのか。さすがにいつまでも無職引きずる引きこもりではないぞ私は。
「……みお」
名前を呼ばれる。顔をあげる。アキトさんの顔が近付いてきて、近付いて、頬にキス、された?
「……は?」
意地悪く笑うアキトさん。こんな顔知らない。急にどうした。好感度上昇アイテムは買ったまま放置してるのに、なんで。
混乱する私を笑いながら撫でてくる。
「いや、攻略対象者としてな。ヒロインに惚れられないようじゃあ、未熟だと考え直してな」
「惚れられないって、私は逆ハー狙いで」
「それが惚れられてないって言ってるんだよ。落としたなら俺だけを見てくれるはずだろう」
顎を掴まれ引き寄せられる。強引で少し痛かった。それ以上に意味がわからない。見つめてくる黒い瞳に吸い込まれそうだ。
「攻略対象者としてじゃあない。俺個人として、お前を口説き落としてやる」
囁かれて近付いてくる唇にとっさに目を瞑って顔を背けた。瞬間どたどたとした足音と、ぱーんと勢いよく開かれる障子の音。
「あー! アキト、抜け駆けは許さないからね!」
シュウくんの声。目を向ければ、ユウマさんとカナエさんもいた。初期攻略対象者全揃いだ。なんだなんだ。何が起こっている。
これが好感度上昇アイテムの効果だというのか。なんてこった。効きすぎじゃないか。
待ってくれ運営。まだ心の準備が出来てない。
私は逆ハー狙いなのであって、口説き落とされたい訳じゃないんだ。口説かれたくはないんだ。待ってくれ。
「……邪魔が入ったか」
「ちょっと、邪魔って何。接客してたヒロインを見直したのはアキトだけじゃないんだからね」
「いやはや、意外と簡単に惚れるもんだな。これが初期組ってやつか」
「え、僕は惚れてないんですけど」
あ、カナエさんは通常通りだった。いや安心しちゃ駄目じゃん。え、何がどうした。どうしてこうなった。
「ヒロインとしてちやほやされたいなんて言って、ごろごろしてる君しか知らなかったからね。ちゃんと真面目にしてるみおを見て、いいなって思ったんだよ」
「俺は元々好感度が高かったからな。まあ、あれだ。一目惚れってやつだな」
シュウくんとユウマさんの言葉に目眩がしてくる。
その後ろでどら焼き食べてるカナエさんが見えた。どら焼き好きだもんね。マイペースお兄さんだもんね。変わらない君でいて。
左手をアキトさんに、右手をシュウくんに。髪の一房をユウマさんにとられる。うわわ、頬が熱い。耳も熱い。むりむりむり。
皆顔だけはイケメンだから、攻略対象者らしい行動されると私が困るんですけど。
カナエさんを見てくれ。どら焼き二個目に突入してるから。全然攻略対象者らしくないから。
「絶対に落としてやるから、覚悟しろ」
落としてやる? 私が惚れる?
おうおう舐めんじゃねえ、こちとらヒロイン様やぞ!
真っ赤な顔で言う台詞に説得力はないって? じゃかましいわ!




