セカンドダンス
静寂に包まれるホール。
視線が刺さる。
「セカンドダンスの名誉を、私に」
差し出される大きな手。
急に、頭が真っ白になった。
どうして、帝国の侯爵が出てくるのか。
ベアトリーチェの顔に戸惑いの色が浮かんだ。
「…ベアトリーチェ」
レオナルドの声で我にかえる。
微笑んでいたけれど、目は笑っていなかった。
「…喜んで」
侯爵の黒の双眸がベアトリーチェを射抜く。
一体、何を考えているのか分からない。
気を持ち直して、ふわりと笑顔を浮かべて
その大きな手に右手をそっと添えた。
緊張間の漂うホールの中央には、
ベアトリーチェとアルフォンスただ2人のみ。
公爵は目を見開き、口元には笑みを浮かべて、公爵夫人の目は鋭かった。
楽団の音が、聴こえる。
誰も一言も発さなかった。
ただ2人だけの世界になったようだった。
体を寄せ、肩にそっと手を添える。
間近でみた侯爵はかなり背が高く、ベアトリーチェの目線は胸元の勲章あたりだった。
動くたびにカチャリ、と音が鳴る。
「お前は…」
頭上から低く耳に響く声が降りてくる。
ベアトリーチェは微笑みながら目を合わせた。
「一体、何を考えている?」
「…偉大なるグロリア帝国の侯爵閣下にお誘いいただけるなんて…光え…」
「お前の心は今どこにある」
心。
急に、呼び覚まされた気持ちになった。
「なにを…」
「ずっと同じ顔ばかりで人形のようだな。」
音は続いている。
優雅に踊り続ける2人の間に、冷たい空気が通り抜けた。
「…それが公女の務めです。」
エメラルドの瞳は、もう笑っていなかった。
「あぁ、戻ってきたか。昨日私に背を向けて逃げ出した子猫が。」
イラっとした。
足を踏んでやろうかと思った。
代わりに、繋いだ手に少し爪を立てた。
自分も相手も革の手袋をつけているため、全く意味はなかったが。
アルフォンスはその指先の力に思わずフッと笑みが溢れた。ベアトリーチェの瞳が自分を捉えていることに充足感を覚える。
曲が終わり、周囲はざわめきを取り戻した。拍手の音、賛美の声。
アルフォンスは手を離さない。
そのまま、右手が引き寄せられる。
バランスを崩し、ベアトリーチェの足が一歩近づく。
再び静寂に包まれた。
カチャリ、とアルフォンスの胸元の勲章が鳴り、周囲から息を呑む音がする。
指先に、熱が触れた。
腰も折らず、頭も下げず、全ての支配権をアルフォンスが握っている。黒の双眸に見つめられ、いよいよベアトリーチェの仮面が剥がれた。
獲物に狙いを定めたような鋭い眼差しに
胸の奥が鈍く痛んだ。
2曲ダンスを終えての体の火照りか、もしくはこの男の行動によるものか。ベアトリーチェの顔は赤く染まっていた。
目を見開き、唇が何か言いたそうに小刻みに動いている。手が震えている。
ベアトリーチェの様子をみて、アルフォンスは満足そうに颯爽とホールを去っていった。




