建国記念祭②
ベアトリーチェ・ディ・トスカ トスカ公国公女
アルフォンス・フォン・イーゼンブルク 帝国侯爵
*帝国貴族
ダニエル・フォン・シーゼ 商人上がりの子爵
ドミニク・フォン・シュルツ 40代半ばの伯爵
*トスカ公国
レオナルド・ディ・トスカ ベアトリーチェの異母兄
静まり返ったホールで、公国貴族の息を呑む音が聞こえる。
公爵にエスコートされたベアトリーチェがゆったりと歩き出すと周囲は囁き声でざわざわし始めた。
「あれは…『深窓の公女』では?」
「まさか」
「瞳を見ましたか?エメラルドの…」
「私生児を公爵みずからエスコートするとは」
「噂は偽りだったのでは?」
「冷遇されているとか?」
「てっきりりもう修道院にいるものとばかり…」
「美しい」
「エメラルドの瞳だ」
「なんという美しさ…」
「あれが…」
ダニエルはそれだけ呟き、ベアトリーチェをじっと見つめていた。
ベアトリーチェはまっすぐ前を向き歩く。
視界の端に華やかな空間には異質な黒が飛び込んできた。おもわず、視線を向けてしまった。
アルフォンスとベアトリーチェの視線が交差する。
ベアトリーチェは鋭い眼差しを向けられても微笑みを絶やさず、また視線を前に戻した。何も感じていないようだった。
アルフォンスは、なぜかそれが気に入らなかった。
「トスカ公国の民、そして栄光なるグロリア帝国からお越しいただいた貴賓の皆様、混乱の世を経て記念すべき建国300年を迎えられたことを心より嬉しく思う。」
公爵が上段に上がり、ベアトリーチェは後ろに控える。公爵の祝辞に一同耳を傾けていた。
「先祖から受け継ぎし誇りと自由を未来へ繋げよう。我が国の平和は偉大なるグロリア帝国との固い絆、そして国境を共にするイーゼンブルク侯爵閣下の慈悲のもと支えられていることに感謝を!」
「そして…」
「この佳き日に、我が公国の輝かしい未来を紹介する。ベアトリーチェ、こちらへ。」
公爵に促され、すぐ横に立つ。
背筋をまっすぐ伸ばし、堂々と前を見据える。
「我が娘ベアトリーチェだ。数奇な運命のもと生を受けたが、この金髪そしてエメラルドの瞳から分かるように確かに我が公国祖先の血を引いている。トスカの至宝…どうか温かく迎えてほしい。」
「我が国の栄光と、帝国との永遠の絆にー」
「乾杯!」
ホールにいる人間全ての視線がベアトリーチェに刺さる。再び公爵にエスコートされ、この場で最も地位の高い人物に挨拶にいく。
「イーゼンブルク侯爵、先程紹介しました我が娘、ベアトリーチェでございます。」
「ベアトリーチェ・ディ・トスカでございます。」
膝を折り、完璧な淑女の礼を取る。
昨日のことなど、無かったかのように。
「…アルフォンス・フォン・イーゼンブルクだ。」
黒の双眸で冷たく見下ろす。
公爵はヒヤリとした。帝国侯爵はお気に召さないどころか気分を害しているらしい。
「閣下…。そのように睨みつけては公女様が怯えてしまいますよ。ドミニク・フォン・シュルツです。爵位は伯爵。こちらはダニエル・フォン・シーゼ子爵です。」
「お会いできて光栄です。」
ドミニクがすかさずフォローに入った。
「いやしかし、本当にお美しい。息子があと10歳ほど年をとっていたらすぐに求婚状をおくるところです。ねえ、シーゼ卿?」
「本当に…。エメラルドの瞳を持つ方を初めて見ました。神秘的ですね。」
「まぁ…ふふ、ありがとうございます。」
にこやかに談笑する3人。
アルフォンスはずっと違和感を感じていた。
同じ顔しかしていない。
ホールに入ってから、常に微笑んでいる。
自分を視界に入れた時も、少しの動揺も見えなかった。昨日裏庭で見た少女は緊張と動揺、少しの苛立ちを秘めているように感じたが今は全く何も感じない。
心のない人形と対峙しているようだった。
「ベアトリーチェ」
「…レオナルドお兄様」
楽団の演奏が始まった。
「栄光なるグロリア帝国の貴賓の皆様、ご歓談中失礼いたします。ベアトリーチェの異母兄のレオナルド・ディ・トスカでございます。ベアトリーチェのファーストダンスの時間となりましたので、御前を失礼いたします。さぁ、ベアトリーチェ」
「はい、お兄様」
トスカ公国公子自らベアトリーチェを迎えにゆき、ファーストダンスへエスコートする姿を見て周囲が騒めいた。公爵のエスコートに始まり異母兄とのファーストダンスとなれば、トスカ公爵家はベアトリーチェを全面的に受け入れ最大のバックアップをする、非常に大切にされているのだと宣言しているようなものだ。
レオナルド・ディ・トスカ
ベアトリーチェより8ヶ月はやく生まれ現在18歳の物腰柔らかな青年である。淡い金髪にグレーの瞳。一見ベアトリーチェにも親切そうに見えるが、エメラルドの瞳の異母妹にいい感情を持つはずがない。
特にこのような大々的なデビュタントとなればより面白くない。
しかし今回ばかりはそうも言ってられないため仲の良い兄妹を演じている。
ホール中央、レオナルドと向き合いお互い手を取る。
ファーストダンスが始まり、人々は微笑ましく兄妹を見つめた。
「本当に美しいね、ベアトリーチェ。お前の母のように上手く男をつかまえるんだよ。」
「笑顔がぎこちないね。それじゃあダメだろう?」
「あの子爵を狙うといいさ。お前の身分にもつりあうだろう。」
にこにこと、悪態をついてくる。
もちろん周りには聞こえない。
「まぁ、ふふ、はい、お兄様」
で全て乗り切った。
微笑みあう仲睦まじい兄妹の姿に周りの貴族たちも感嘆の声をあげる。この国の未来は安泰だ、と。
「上手くやれよ。」
レオナルドは冷ややかな声でベアトリーチェの耳元に囁き、体を離して一礼する。
ベアトリーチェはそれに応えるよう、にこりと笑って膝を折る。
レオナルドが再びベアトリーチェの手を取り
戻ろうとした時。
カツ、カツ、と革のブーツの底を鳴らし
歩み寄る漆黒の男。
…アルフォンス・フォン・イーゼンブルク侯爵。
ベアトリーチェは僅かにエメラルドの瞳を大きくさせた。
革の手袋に覆われた大きな手がベアトリーチェの前に差し出される。
「セカンドダンスの名誉を、私に」
辺りは、静寂に包まれていた。




