建国記念祭①
ベアトリーチェ・ディ・トスカ トスカ公国公女
アルフォンス・フォン・イーゼンブルク 帝国侯爵
*帝国貴族
ダニエル・フォン・シーゼ 商人上がりの子爵
ドミニク・フォン・シュルツ 40代半ばの伯爵
*トスカ公国
レオナルド・ディ・トスカ ベアトリーチェの異母兄
早朝から、ベアトリーチェはメイド達により磨き上げられていた。
デビュタント前の忙しない空気に誰しも心踊ることだろう。しかしベアトリーチェの周りは全くと言っていいほど普段と変わらなかった。
誰もベアトリーチェには話しかけない。
淡々と、美しい人形を最高の形に飾り立てていた。
真紅のベルベット生地には金糸が織り込まれ、繊細な刺繍がほどこされており、淡い金髪は真珠飾りとともに編み込まれ背中に流している。
エメラルドの瞳と揃いの輝くイヤリングとネックレス。陶磁器のような真っ白な肌に唇の紅がよく映えている。
支度を終えたのは、太陽が真上を過ぎたあたりだった。
「ありがとう」
微笑むベアトリーチェに、メイド達はただ一礼して部屋を後にした。
微笑みは絶やさない。
指の先、足の先まで神経を集中させる。
まもなく始まる。
「ベアトリーチェ」
「…公爵様、公爵夫人。」
膝を降り、部屋を訪れた2人に礼を取る。
「顔をあげなさい。…あぁ、美しいな。最高の出来だ。」
「…目線は前。そらさないようになさい。」
公爵は満足そうに頷き、夫人は厳しくベアトリーチェを見つめた。
「ベアトリーチェ。今日から帝国の使節団が公国を去るまで『お父様』『お母様』と呼びなさい。お前の異母兄も公子様ではない。『お兄様』だ。わかったな。」
「はい、お父様。」
「会場入りは私がエスコートをする。その後挨拶周りをし、最初のダンスはレオナルドと。いいな。それと、全てのダンスに応える必要はない。お前は「体が弱い」からな。安売りせず、帝国貴族といくつか踊ったら断りなさい。」
「はい、お父様。」
「公国のため。それだけを考えなさい。」
「はい、お母様。」
夫人は眉を顰める。
「母」という響きが気に入らないのだろう。
「さぁ、行くぞ。トスカの至宝よ。」
父の腕にそっと手を添える。
「はい、お父様。」
誰もが見惚れる微笑みと共に。
煌びやかなシャンデリアに豪華絢爛な装飾、華やかな装いの公国貴族達がホールへと集まる。
そこへ帝国使節団が会場に入り、空気がざわりと動いた。
アルフォンスは黒の重厚なマントを従者に預け、磨き上げられた革のブーツをカツカツと音を鳴らしながら歩いている。漆黒のかっちりとした軍服の胸元には金銀の勲章が並び威圧感を増していた。
「閣下…さすがの存在感ですね。みな固まっています。」
「怯えている、の間違いだろう。」
ダニエルは辺りの様子を伺う。
確かに怯んでいる様子もあるが、ご令嬢やご夫人方は見惚れているが正しいかもしれない。
「シーゼ卿はこのような場は初めてか?」
「いえ、舞踏会はなんどか…。ですが、他国の建国祭に参列するのは初めてですので少し緊張しております。」
「そんな余裕そうな顔をしてなにをいうか。」
ダニエルと談笑しているのはドミニク・フォン・シュルツ伯爵である。
40代半ばで人当たりの良さそうな外見をしており、古くからイーゼンブルク侯爵家に仕える家系でアルフォンスからの信頼も厚い。
「おや、閣下。めずらしく今日はご機嫌ですか。」
「…違う。」
ギロリとドミニクを睨む。
何故わかるのだろう、とダニエルはドミニクの言っている意味が全く分からなかった。いつも不機嫌そうだから。
ゴーンゴーン、と重厚な鐘の音が鳴り響く。
招待客はみな一斉にホール入り口に視線を走らせる。
来たか。
アルフォンスは扉を見つめた。
開かれた扉の先には
光り輝く美貌の公女がエメラルドの瞳を輝かせ立っていた。




