何者になれるか①
「ダニエル卿、お待たせしてすみません。」
「いえ、こちらが勝手に押し掛けているだけですので…」
今日も相変わらずベアトリーチェは美しい。
ダニエルは感心した。
「ベアトリーチェ様って、よく今までその存在を隠してこれましたよね。僕がトスカ公の使用人だったらすぐに言いふらしてますよ、とんでもない美女だって。」
「ぇえ?…まぁ限られたメイドとしか接していなかったので…。食事などもいつも部屋で1人でしたし。」
ベアトリーチェは苦笑いして自身の髪に触れた。
「ここの皆さんは、よく、そう言ってくださるのですけど…。瞳は確かにあまりない色ですが、髪なんかは北の国だとありふれたものだと思いますし、そう囃し立てるものではないかと…」
「ベアトリーチェ様、ご自分の顔見たことあります?」
「それは、毎日見ていますけど。」
「気づかないものですか…?絶世の美女だと。」
「うーん、あまり特徴がないなと思います。鏡でみてもつまらないですし…」
(美女にだけ許される発言だ…)
凡人は日々のちょっとした顔の変化…今日は皺が目立たないわ、とか目が腫れぼったくて気分が落ち込む、とかで一喜一憂するのに、真の美形は顔が整いすぎてそんな細かいこといちいち気にならないのだとダニエルは羨ましく思った。
「僕のような凡人には到底辿り着けない領域にいますよ。」
「凡人だなんて。ダニエル卿のえくぼ、とても素敵ですよ。それに、たとえ本当に私が美しいとしても中身が伴わなければ何の意味もない。そうでしょう?」
それはつい先日、ダニエルがベアトリーチェに語った言葉だ。今度はダニエルが苦笑いする番だった。
「それほどの美貌をもちながら微塵も鼻にかけず、謙虚で純粋な心をお持ちなのです。十分に中身が伴っていますよ。宮廷デビュタントでは帝国貴族の度肝を抜くことでしょう。」
「デビュタント…」
「あ、すみません。まだ閣下からも聞いていませんよね。」
ダニエルはしまった、という顔をして頬をかいた。
「冬の時期、帝国中の貴族は帝都に集まります。宮廷サロンで最も活気のある社交シーズンなんです。」
「あの、具体的にはいつ頃ですか?」
「だいたい11月ですが…閣下は12月に宮廷入りをお考えです。ベアトリーチェ様の準備期間が必要ですからね。」
ベアトリーチェは急に緊張してきた。まだまだ人前に出ることに慣れていないのだ。侯爵夫人ともなれば当然皇族との接点もあるだろう。
1ヶ月半の準備で果たして間に合うのだろうか。
「大丈夫ですよ。」
ダニエルがニコッと笑う。
頬にくっきりとえくぼが浮かんだ。
「必ず閣下がそばにいますし、当然僕も行きます。それに、あのシュルツ伯爵夫人が世話役ですからね。怖いものなんてありませんよ。…あ、」
「え?」
「いえ、なくはないんですけど、うーん、貴婦人たちの噂話はなかなか…。」
ベアトリーチェは、以前公国でダニエルとした会話を思い出した。
「そういえば…宮廷サロンでは女性が影の支配者だと…」
「そう、そうなんです。貴婦人方の囁き声で経済が周り、権力が動き、そして知見が広がる。」
でも、とダニエルは続けた。
彼の目がきらりと輝いて見えた。
「心配はご無用です!なぜならベアトリーチェ様がそのトップに君臨するからです!」
また始まった…とベアトリーチェは目を閉じた。
「ダニエル卿…先日も言いましたが、私は科学の知識が全くと言っていいほどありません。この状態で、あと一月半で人の心を動かすほど語れるようになるとは到底思えません。」
ベアトリーチェはティーカップの紅茶に視線を落とした。少し冷めてしまっている。淹れなおさなくては、と思いながら一口紅茶を飲み込んだ。
「貴方は少し、いえ、かなり私を買い被っていると思います。もちろん協力できることは全力で協力したいのですが…。貴方が思うほど、私は大層な人間ではないのです。」
「…ここが、ご自分の限界だと?」
ダニエルが珍しく、低い声でつぶやいた。
ハッとベアトリーチェが視線を上げると、ダニエルは先ほどとは一変した真剣な眼差しでベアトリーチェを射抜いた。




