何者になれるか②
「貴方はご自分の価値を、限界を、可能性を、ここで終えてよいと思っているのですか。」
ベアトリーチェは驚いた。
あのダニエルが、少し怒っているようだった。
「ただのお飾りのイーゼンブルク侯爵夫人でいいと?この先の長い人生、ただ美貌だけを褒め称えられる高貴な人で終えるのですか?老いたらどうします。その美貌が衰えたら、貴方に何が残りますか。」
「……」
ベアトリーチェは何も言えなかった。まだ17歳でそんな先のことまで考えたことがなかった。
(何が、のこる…)
「貴方は権力も美しさも持っている。なぜ、未来の自分を殺すのです。帝国暦に名を残し、後世にまで語られる可能性を。」
ダニエルは眉間に少し皺を寄せて一呼吸おき、静かに続けた。
「ベアトリーチェ様、僕は貴方が羨ましい。恵まれた環境にいて、特出したものを持ち、これから何者にでもなれる可能性を持った貴方が。だから、それを潰そうとする貴方自身が理解できない。」
「ついでに言えば、類稀な才能を持ちながらも野心を抱かない閣下も理解できない」とダニエルはボソッとつぶやいた。
「もっともっと…貪欲に生きた方がいい。人生のゴールはまだずっと先です。」
「…ダニエル卿は…何者になりたいのですか?」
ベアトリーチェはやっと口を開いた。
ダニエルの勢いに圧倒されていた。
「…それを探して、ずっと足掻いています。」
「貴方こそ…」
何者にでもなれるのではないか、と言おうとしてベアトリーチェは口を噤んだ。それが出来ないから、彼はずっと悩み苦しんでいるのだ。
その心の声をダニエルは理解し、苦笑した。
「なれませんよ。コペルニクスやガリレオ、デカルトのような天才ではない。ただの科学好きです。新たな法則やこの世の仕組みを解き明かすような才能もない。」
「命を燃やして、信念を貫き通したかの偉人たちを尊敬している凡人です。彼らの蒔いた科学の種を広め、新たな真理の花を咲かせる未来の天才に繋げたい。全ての科学者の探究心を称え人々に知らしめたい。僕が生きる意味を見出し、名を残したい。…ただ、それだけのことに僕は囚われているんです。」
それだけ、とはなんだ。大層なことではないかとベアトリーチェは思った。
そもそも、これまで解き明かされてきた法則や仕組みを全て完璧に理解することが難しい。そしてこうした「神によるものではない」自然の機械的知識を広めることは教会が許さない。密やかに上位貴族で囁かれているとはいえ、いまだ地動説への疑念や弾圧は続いている。
目の前の青年が、眩しいとおもった。
(あぁ、そういえば、アルフォンスが言っていた)
『シーゼ卿の、自ら切り拓いていく生き方が少し眩しいと感じるんだ』
ベアトリーチェも同じだった。
懸命にもがき、生きる意味を探す彼の姿に心を打たれた。
そして、なにも始まらないうちから「できない」と決めつけ逃げ道を探していた自分が恥ずかしくなった。
「協力します。」
「え?」
急なベアトリーチェの言葉にダニエルは目を丸くした。説得は無理かもしれないと諦めかけていた。
「協力って…本当ですか?」
「はい。貴方の言うとおりです。人生のゴールを決めるのはまだ早い。私自身のこの人生の意味を見つけたいと思います。」
ダニエルはガタっと椅子を鳴らして立ち上がり、ベアトリーチェの手を固く握った。
「ありがとうございます!」
いつもの人懐こい笑顔をベアトリーチェに向け、すぐにハッとして手を離した。
「すみません、先程はその、無礼な態度をとってしまって」
ベアトリーチェは笑って、ダニエルの手を取る。
「いいえ。ダニエル卿の言葉、しっかりと心に響きました。…まだ不安はありますが、頑張ります。」
「…!やり遂げましょう!革命!」
「その革命という言葉はちょっと誤解が…。」
「科学革命先導者ベアトリーチェ、かっこいいではないですか。」
「そこは、革命家ダニエル・フォン・シーゼでしょう。冗談はおいといて…まず、何をしますか?」
「…これから考えます!」
2人は固く手を握り、笑い合った。




