『知る』『知らない』
その夜、ベアトリーチェは窓の外を眺めながら今日のことを思い返していた。
地球は太陽を中心として他の惑星と同じく規則正しく回っている。
(なぜ、夜は訪れるのかしら?)
(星たちが動くのはなぜ?)
(地球のようなものが、他にも存在する?)
(惑星って、そもそもなんだったかしら?)
思考が止まらなかった。
知的好奇心、とはこういうことかと思った。
これまでベアトリーチェはただ与えられるものを受け取るだけで自ら欲しがることが無かった。知識も、貴族女性が身につけるべき刺繍や詩、礼儀作法、倫理や一般常識、語学などで科学など縁がなかった。
「知らないことばかりだわ…」
「なにが?」
突然背後からアルフォンスの声が響く。ベアトリーチェは驚いて心臓が跳ねた。その様子にアルフォンスが驚く。
「…すまない。」
「い、いえ、少し驚いただけです。」
「考え事か?」
「はい…自分が生きている地球とか、宇宙についてなにも知らないなぁ、と思いまして。」
「一般的には知らない人の方が多い。そこから『知りたい』をとるか『知らなくていい』をとるかで物事の見え方が変わるだろう。」
アルフォンスは温かいお茶をベアトリーチェへ手渡した。いつも、リンデンバウムのお茶を用意してくれるのだ。その甘い香りが疑問だらけの思考を優しく包み込んだ。
「『知らない』場合、何か困難にぶち当たった時も自分の目に見える範囲でしか解決策を見出せない。だが『知る』と自らの範囲よりさらに奥の可能性から解決策が得られるかもしれない。」
少し、難しい。
あまり理解できない気まずさを、茶と一緒にごくりと飲み込んだ。アルフォンスは微笑み、ベアトリーチェの頭を優しく撫でた。
「すまない、遠回しな言い方で分かりにくいな…。例えば、日蝕で考えよう。」
「太陽が隠れてしまう…不吉の象徴ですよね?」
「そうだ。だがそれは、宇宙の仕組みを『知らない』場合だ。豊かさの象徴である太陽が欠けてしまえば病や飢饉、不幸が訪れるだとか、神の怒りだとか…理由のわからないものに人々は畏れを抱く。」
「では、本当は…」
アルフォンスは分かりやすく説明する為に、ティーポットと2つのティーカップを並べた。
「ティーポットは太陽。俺のカップが地球、君のカップが月だとしよう。太陽の周りを地球が回る。そして、その地球の周りを月が回っている。」
ベアトリーチェは興味深そうにカップの動きをじっと見つめた。
「ある時、月が太陽と地球の間に入り込んでくるタイミングが出来る。太陽の光は月に遮られ、地球から見ると太陽が徐々に欠けていくように見えるんだ。」
ティーポットとティーカップの間を、ベアトリーチェのカップが通り過ぎる。ベアトリーチェは感動した。
なんて美しく機械的に動いているんだろう。
「すごい…」
「日蝕は不吉の象徴でも神の怒りでもない。天体の規則的な運動によるものだ。これが、『知っている』場合だ。」
世界の見え方がこれほどまでに変わるとは、ベアトリーチェは驚きさらに知りたいと思った。
「アルフォンス…すごいです。私、もっと知りたい。」
「あぁ。だが今日はここまでだ。君はもっと知らなくてはならないことがある。」
アルフォンスはベアトリーチェをベッドへ連れていく。
「知らなくてはならないこと?」
「知っているか?君を求める男がここにいるということを。」
ベアトリーチェは一気に顔が熱くなった。
「きっ、昨日も、しました。」
「足りない。もっと君のことを知りたい。」
柔らかいベッドに押し倒され、ベアトリーチェは羞恥により顔を手で隠した。
「ビーチェ」
その声は反則だ。縋りたくなってしまう。
「俺のことを、知りたくはないか?」
「うぅ…」
自分だけに見せる顔をもっと知りたい、と思い、ベアトリーチェは震える手をアルフォンスへと伸ばした。
アルフォンスは満足そうに微笑み、ベアトリーチェに甘く蕩けるようなキスをした。




