ダニエルの思惑③
「できません!」
ベアトリーチェは咄嗟に答えた。
今の話でさえ理解が追いつかないのに、それを宮廷サロンで語るなどできるわけがない。
「ダニエル卿がお話になったらいいではないですか。」
ダニエルはひとつため息をついた。
「それはそうなんですけど…。僕は子爵です。しかも商人上がり。発言力も影響力もないんです。そして下手をすれば教会に目をつけられ血を見る。」
やれやれ、と言ったふうにダニエルは頭を振った。
「だから…まずは権力が必要だと思ってイーゼンブルク侯爵の臣下になったんです。いろいろあったんですけどまぁ、その話は置いといて。帝国随一の武力を持つ侯爵の元にいたらまぁ安心ですからね。でもそれだけでは駄目なんです。」
「はぁ…。」
「僕は、『美と知ならずして権力成り立ず』だと考えています。人は美しいものの後を追う。だけど美の下にあるものがただの空箱だったらすぐに捨てられます。逆も然り、素晴らしい宝石だとしてもボロ雑巾に包まれていたら誰も見向きもしないでしょう。この2つを備えてこそ、人々は憧れ心酔する。権力とはつまり影響力です。…お分かりですか?」
ダニエルは流れるように言葉を紡ぎ続ける。
「この世の叡智が人の姿をしていたならば…ベアトリーチェ様。僕は、貴方のような姿を想像します。その神秘の瞳の輝き、貴方が紡ぐ言葉は必ず人々の心を動かします。」
ベアトリーチェはごくりと喉を鳴らした。
「私には、なんの知識もありません。」
「問題ありません。知は僕がサポートします。
美のベアトリーチェ様、最高権力のイーゼンブルク侯爵。駒は揃いました。」
「そもそも…なぜ、革命を起こしたいのですか?」
そこだった。地動説やデカルトの思想が全く浸透していない訳でもない。時がたてば学者たちがより正確な証明をして知見が広まるのではないだろうか。
「う〜ん…」
ダニエルは少し考え込んだ。
俯いて、何やら言いにくそうにしている。
「科学の発展は、人類の発展に繋がるのです。
だから…科学的証明がなされているにも関わらず、神という存在を振りかざし真理を追い求める人々を弾圧する教会が気に食わない。」
この場に教会の人間がいたら即刻連行されていただろう。ベアトリーチェはヒヤリとした。なおもダニエルは続ける。
「教会も手に負えないほど多くの人々が正しい知識を身につけたら、もう異端ではない。学者は怯えることなく真理の追求を続けられ、新たな理を見出すでしょう。せっかく今少しずつ動き始めているんです。ここで流れを止めてしまえば、科学の未来は10年、20年遅れてしまう。」
ダニエルは照れくさそうに微笑んだ。
「と、いうのもまぁ建前です。…僕は自分が何者になれるかを模索しているだけです。」
「……?」
コンコン。
応接室の扉が鳴り、アルフォンスが入ってきた。
「随分長いこと話しているが…あまり焦りすぎるな。」
「あぁ、すみません。では、今日はこの辺で失礼します。ベアトリーチェ様、また説得に伺いますね。」
「は、はい…。」
ダニエルはそう言うと、あっさりと帰っていった。
最後に言っていたことは一体何だったのだろうか。
「大丈夫か?」
アルフォンスが気遣わしげに声をかけ、ベアトリーチェの隣に座る。
「ダニエル卿が…自分が何者になれるかを模索している、と。どういうことでしょう…?」
「あぁ…」
アルフォンスは立ち上がり、ベアトリーチェに手を差し出した。
「座りっぱなしも疲れるだろう。少し歩きながら話そう。」




