ダニエルの思惑②
「地動説…?」
「ご存知ですか?この地球は太陽の周りを周回し、そのほかの惑星もみな太陽を中心としている、というものです。」
「いえ…この世は神が創りしものだと…。地球はすべての中心で、太陽も月も地球を軸にして回っているのでは…?」
「ふむ、トスカ公国も未だ天動説ですか…。」
ダニエルは顎に手を当てなにやら考えている。
ベアトリーチェはおそるおそる尋ねた。
「トスカにいた頃…文献は読みました。地動説という言葉もその時目にしましたが…それは、異端では…?」
「そう。教会も教育機関も、これを異端として論じることを禁じました。ですが…人間の好奇心というものは止められません。」
ダニエルは一息ついた。
ベアトリーチェの前に座っている男は、人当たりのいい商人ではなくまるで学者のようであった。
「どこまでご存知でしょうか。…まず、コペルニクスが『宇宙の中心は地球ではなく太陽である』という革命の種を蒔いたんです。」
ベアトリーチェはただ、黙って彼の言葉を聞いていた。
「その後、ガリレオが地道な観測記録のもとコペルニクスが正しいと証明しました。ですが、これが異端審問にかけられた。」
「なぜです?」
「教会には非常に都合が悪いのですよ。全ての事象は神の御心のまま…。我々の生きるこの地球を創りたもうた神は宇宙の中心であり、また、そこに生きる人間も特別な存在である。たかだかその他惑星と同じように太陽の周りを規則正しく回っているだけ、などと認めたくは無かったのでしょう。」
ダニエルはちらりと窓の外を見る。
冷たい風にさらされ、木の葉が落ちる。
もう数日かたてば雪が降り、あたりを白で埋め尽くすだろう。
「ガリレオは、その異端審問で負け『2度と地動説は唱えない』という誓いをたてました。おそらくベアトリーチェ様が知っているのはここまででしょう。」
「えぇ…。」
「ですが、その教会の圧力に負けず戦った人がいるんです。」
ダニエルは得意げに笑った。
「デカルトは、この世を神の奇跡ではなく『物理法則で動く巨大な機械』のようなものだと唱えました。もちろんこれも教会と大学によって禁じられましたが、もう疑いようがないのです。ガリレオとデカルトは真理を科学的に証明したのです。これが科学革命です。」
「な、なるほど…?」
ベアトリーチェは理解が追いつかなかった。この世の真理などそもそも考えたこともなかったが、随分と壮大な話になってきたと思った。自分は一体この話に何の関係があるのだろう。
「帝国の上位貴族ではこの説はかなり定着しています。とは言え、皇族、それからお抱えの学者がいる公爵や侯爵あたりですがね。トスカ公国は未だ天動説というあたり、帝国全土でみたらほんの数パーセントでしょう。」
「それで、その…。私は一体何の関係が?」
ベアトリーチェはこれが本題、とばかりに結論を求めた。ダニエルは微笑み返す。
「僕は新たな革命を起こします。ガリレオやデカルトが命をかけて証明したこの世の真理を帝国の宮廷サロン、いえ、帝国全土にさえも広めたい。貴方には、その語り手になってもらいたいのです。」




