はじめての②
ベアトリーチェはソワソワしていた。
外は陽が落ち、夜の闇が街を覆う。
空気は澄んで星がきらきらと瞬いていた。
静寂の中、暖炉の火がパチパチと音を立て石造りの部屋を暖める。
真っ白なシルクのナイトドレスは肌触りが良いが、これからアルフォンスに会うには生地の薄さが大変心もとない。ベアトリーチェは厚手のガウンの前をしっかりと合わせ、暖炉の前を行ったり来たりしていた。
結局のところ、何をするのか分からない。自分の身に起きることなのに何も知らない、というのは恐怖だった。
「ベアトリーチェ」
続き扉からノックの音がして、アルフォンスが入ってくる。ベアトリーチェは思わず身構えた。
そしてアルフォンスの姿を確認して、たじろいだ。
いつものかっちりとした軍服ではなく、真っ白なシルクのシャツに身を包み髪も無造作に崩されている。
ドキリと胸が高鳴り、つい一歩後ずさった。
「…なぜ逃げる。」
「…に、逃げてません。」
頬を赤く染め、視線をそらす。
アルフォンスはベアトリーチェへ近づき、胸の前でガウンを固く握り締めている手を優しくとった。
「おいで。」
「…。」
そのまま天蓋付きの大きなベッドへと連れていかれ、腰を下ろす。枕の側に置いてあったショールを手に取り、頭からふわりとかけられた。
「……?」
「少し待っていてくれ。」
そう言うと、アルフォンスは続き扉の方へと戻って行った。一体何?と思う間もなく、アルフォンスはティーセットをのせたトレーを持って戻ってきた。
「あの…」
「リンデンの茶は好きか?」
ふわりとリンデンバウムの蜂蜜のような甘い香りが鼻をくすぐった。アルフォンス自らティーカップに茶を注ぎ、ベアトリーチェへ手渡す。
「え…はい。…わざわざ用意してくださったのですか?」
「…緊張しているかと思って。」
アルフォンスも隣に腰掛け、共に香りを楽しむ。
「ありがとうございます…。良い香り。」
「出会った時を思い出すな。君はいつも私を睨んでいた。」
「あっあれは…!貴方が意地悪ばかり言うからです。」
「ははっ」
初めて見るアルフォンスの無邪気な笑顔にまたしても胸がときめく。ごまかすように、リンデンのお茶を一口飲んだ。
「美味しい…。」
優しい甘い香りと温かいお茶が心をほぐし、つい数刻前までの緊張感が消えていくようだった。
「少しは緊張がほぐれたか?」
ショール越しに優しい声が響く。
「これはもう取っても大丈夫か?…そろそろ顔が見たいんだ。」
頭からかぶせられたショールをひらりとめくられる。
貴方が急にかぶせたくせに、と思ったがもしや私を安心させるためにかけてくれたのだろうか。本当に、なんて優しいんだろう。なんだかむず痒い。
「はい…。ありがとうございます。」
せっかく緊張がほぐれたのに、隣にいる男の視線が気になって再び体が固くなる。
視線をうろうろさせながら、ごくり、ごくりと茶を飲む。あぁ、どうしよう。飲み切ってしまった。体がぽかぽかする。
アルフォンスのほうへ目をやると、長い脚を組んで肘をつき、その腕を支えにして頭を預けてベアトリーチェを見つめていた。
「そんなに見ないでください…」
「なぜ?」
アルフォンスはベアトリーチェの手からティーカップを受け取ると、側のテーブルに置いた。
「なぜって…恥ずかしいから、です。」
燭台の灯りに照らされたベアトリーチェの顔は、少し色づいているようだった。
アルフォンスはニヤリと笑う。
「それは無理だな。君の全てを見たい。」
「す、すべて…」
「あぁ。君が恥ずかしがってるところも、笑う顔も怒る顔も…泣いてる顔も。」
スルリと厚手のガウンを肩からおろされる。
頬を撫でる手は優しいが、黒い瞳はギラギラと熱く燃えていた。
「ビーチェ。君の全てが欲しい。」
「うぁ…」
間抜けな声にアルフォンスがフッと微笑む。
熱の籠った眼差しに囚われたようにベアトリーチェは動けなくなった。心臓が痛いほどにどくどくと脈打つ。
脚を掬い上げられ、ベッドの上へ体が完全に乗り上げる。
「きゃっ…」
頭の後ろにアルフォンスの大きな手が添えられていた為反動で頭を打つことはなかったが、気づけばベッドへ押し倒されアルフォンスはその横に片肘をつきベアトリーチェを見下ろしていた。
怖くないわけでは無かった。だが、アルフォンスの優しさを所々に感じ恐怖感よりもこれから起きることへの期待感が上回った。
「メイド達に暗に釘を刺された。」
「え?」
「廊下ですれ違う時に、君が緊張していた、だの知らないことへ恐怖を感じるのは当たり前、だのわざと俺に聞こえるように話していた。」
「そ、それは…」
メイド達に相談していたことがバレて少し恥ずかしい。
「皆、君の負担や不安を少しでも減らしたいと思っているんだ。」
アルフォンスはベアトリーチェの髪を弄んでいる。
その手が髪を一房掬い、突然毛先で鼻をくすぐられた。
「わっ、ふふっくすぐったいですっ」
「…怖いか?」
くすぐる手を止めようと手を伸ばすと、アルフォンスの大きな手に指を絡めとられシーツへと縫い付けられる。気遣うような声色に胸の奥が暖かくなった。
ずっと、ベアトリーチェが怖がらないようゆっくりと距離を縮めてくれている。心を寄せてくれているのだと分かる。
『包み隠さず、心と心を寄せる』
エマが言っていたことを思い出す。
自分に寄り添ってくれるこの優しい人に、私も応えたいと思った。
空いている手でアルフォンスの頬に触れる。
「怖くは、ないです。少し緊張します。」
「…俺もだ。」
2人でふふっと微笑みあい、アルフォンスはベアトリーチェの額へキスをした。
額を合わせ、2人の鼻先が触れる。
「ビーチェ」
繋がれた手に力が込められる。
ベアトリーチェも応えるようにぎゅっと握り返した。
「愛している。」
「私も…愛しております。アルフォンス」
触れ合うだけの口付けは徐々に求め合うものになり、初めての甘い夜は更けていった。




