はじめての①
「まぁ、奥様もうお戻りですか?」
ミラは驚いた。まだ外は明るいし、宴は続いている。
「え、えぇ…」
ベアトリーチェは気まずかった。
自分だってまさかこんなにも早く切り上げられるとは思っていなかった。
私の意志ではない、この男の意志だ、という視線を横に寄り添って立つアルフォンスに向ける。
「あぁ…」
それだけでミラは納得したようだった。
「ベアトリーチェ、疲れただろうからゆっくりしていてくれ。…日没後、君の部屋に行く。」
「はい…」
アルフォンスはベアトリーチェの指先へキスを落とし、来た道を戻っていった。
もしやまた宴へと戻っていったのだろうか。なぜ私だけ早々に帰らされたのだろう、と頭に疑問が浮かぶ。
「ははーん?」
「アンナいつの間に。」
柱の影からアンナがこちらを覗いており、ミラが気づいて声をかける。顎に手を当てて何かにピンと来た様子だった。
「旦那様は奥様のお美しい姿を他の方にお見せしたくないのだわ…!」
「なるほどね…こんなに神々しい奥様を独り占めしたいと…さすがだわ…」
「もったいない…私だったらもっと見せびらかしたい…」
ミラとアンナがアルフォンスが去っていった方を見てぶつぶつと話している。
見かねたエマが「奥様、お着替えの準備をいたしますね…」と申し訳なさそうに寄ってきた。
ゆっくりしていろ、とは言われてもどういう心持ちでいたらいいのか分からない。
茶を飲んだり、軽食を食べたりしていてもソワソワとする、夕刻になり、いつもより早めに湯浴みを済ませる。
「奥様、本日は薔薇の香油にいたしましょうか?」
「お顔の表情が少しかたいですが…緊張されていますか?」
ミラ達に、壊れ物でも扱うかのように優しく体を洗われる。ベアトリーチェは実はずっと疑問だったことを思い切って聞いてみた。
「あの…初夜とは、何をするのかしら?」
全員の手がピタリと止まった。
ベアトリーチェは言葉を続ける。
「お母様にも…すべて夫に任せれば良いと聞かされているのだけれど…。具体的には何をするのか、誰か知っている?」
もちろん全員知っている。
だがここで「はいはーい!」などと大手を振って説明するような馬鹿な真似をするものはいない。
下手な説明をしてベアトリーチェを怯えさせるわけにはいかないのだ。全員、互いの目を見てゴクリ、と唾を飲みこんだ。
「アンナはぁ…何も、さっぱり、分からないですぅ」
大変わざとらしい。でも今はこうするしかなかった。
「わたしも、そのぉ、キスは分かるんですけどぉ」
ミラは自分で言っててイライラした。
全部知っているし、なんならちょっとしたテクニックなんかも知っている。だが目の前の純真無垢な汚れを知らない少女に言えるわけがなかった。自分の言葉で汚すわけにはいかない。
全て侯爵に任せよう、とメイド達は目で意思疎通をはかった。
そんなことに全く気づかないベアトリーチェは、
「そうなの…」と残念そうにため息を漏らした。
「…奥様。エマも、キス、くらいしか分かりませんが、旦那様は絶対に奥様を傷つけるようなことはなさいません。不安だとはおもいますが、おそらく、その、何も包み隠さず心と心を極限まで寄せるようなものだと思います…!」
不安そうなベアトリーチェの様子に居ても立っても居られず、エマは何とかフォローをした。
同僚たちも激しく頷く。
メイド達の確信めいた言葉を不思議に思いつつ、アルフォンスなら確かに怖いことはしないだろうな、と思いベアトリーチェはそれ以上考えることはやめた。
「何も包み隠さず、心と心を寄せる…なるほどね。」
ミラ達は目を合わせ頷く。嘘は、言っていないよね?、と。




