結婚式
ベアトリーチェ・ディ・トスカ トスカ公国公女
アルフォンス・フォン・イーゼンブルク 帝国侯爵
*帝国貴族
ダニエル・フォン・シーゼ 商人上がりの子爵
ドミニク・フォン・シュルツ 40代半ばの伯爵
イザベラ・フォン・シュルツ 40ごろの伯爵夫人
10月8日午前10時。
イーゼンブルクの領民達は熱狂していた。
馬車道には色とりどりの花がまかれ、お祝いムード一色である。
「見た⁈トスカのお姫様!」
「一瞬だったけど…同じ人間とは思えなかった…」
「私、目があっちゃった…」
「俺なんか手ぇ振ってもらった!」
人々は興奮冷めやらぬ様子で、先程ベアトリーチェを乗せた馬車が通り過ぎた方を見つめていた。
その数刻後、教会では招待された貴族たちは声も出ぬほどに圧倒されていた。
鮮やかなロイヤルブルーのベルベットドレスには緻密な銀糸の刺繍が施され、無数の宝石が散らばっている。トスカ公国のベルベットは他の物とは違い、一際光沢があり発色も素晴らしい。首元の重そうなシルバーのネックレスにはイーゼンブルク領で採れたダイヤモンドが輝く。そしてそれらに負けることなく輝くベアトリーチェの美貌だ。淡い金の髪がロイヤルブルーによく映える。
だが彼らの目を釘付けにしたのは、あのエメラルドの瞳だった。誰も目にしたことがない神秘の色に人々は羨望の眼差しを向けた。
揃いのロイヤルブルーの式服を見に纏った凛々しいアルフォンスの姿に、女性たちは溜息を漏らす。
帝国屈指の軍事力を誇る冷徹な侯爵に神秘の瞳を持つ美貌の侯爵夫人…完璧だ。
ダニエルはニコニコと微笑んでいた。
侯爵夫人が私生児であるとぶつくさ言っていた者もいくらかはいたが、その圧倒的な存在感で捩じ伏せている。
(やはり、美は力なり。)
ダニエルは2人のまるで絵画のような誓いのキスに心底どうでも良さそうな顔を向けて自身の考えに耽っていた。
教会で誓いをたて、その後イーゼンブルク侯爵邸ではパーティーが行われた。城外の領民たちにも酒や豪華な料理を振る舞い、街は花で彩られ活気に溢れている。
「閣下…!おめでとうございます…!」
ドミニクは目に涙を浮かべてアルフォンスへ祝いの言葉をおくる。
「一時はどうなることかと思いましたがっ…ぐすっ、閣下の初恋が実って私はほんと…」
「やめろ。」
相当酔っている。アルフォンスは余計なことを言うな、と鋭く睨みつけた。
「あなた、」
「ハッ!あぁ、侯爵夫人取り乱して申し訳ありません。こちら、私の妻のイザベラです。」
40の歳の頃だろうか。ドミニクに似た人当たりの良さそうな小柄な貴婦人である。栗色の髪はくるりと癖があり、柔らかい雰囲気にとてもよく似合っている。
「イザベラ・フォン・シュルツと申します。今後ベアトリーチェ様の社交のサポートを務めさせていただきます。よろしくお願いします。」
「シュルツ伯爵夫人、よろしくお願いします。こちらのことはまだ何も分からなくて…頼りにしています。」
ああっ!と、イザベラは眩しいものを目にしたかのように顔の前に手を翳した。
「いけませんわ侯爵夫人…!そのように微笑まれては心臓がいくつあっても足りませんっ。なんてこと、眩しすぎて直視できないわ…」
夫婦揃ってなかなか個性的なようだ。
「ベアトリーチェ様!」
ニコニコとダニエルが寄ってくる。
「おめでとうございます!貴方が来るのを心待ちにしておりました。親友のダニエルですよ。覚えておいでですか?」
「え、えぇもちろん。」
「帝国に到着された時に僕手紙を出しましたよね?なぜお返事いただけなかったのでしょう、親友なのに。」
笑っているけど若干刺々しい。ベアトリーチェは気まずくなった。返事を書こうとしてはいたのだ。だが、こちらに来て色々あった。そう、色々。だから書けなかった。
「すみません…少し、あの、忙しくて…」
「君が謝ることでは無い。」
アルフォンスはすかさずフォローに入る。馴れ馴れしいダニエルに一際鋭い睨みを利かせて。
「ははっ冗談ですよ。あ、侯爵閣下もおめでとうございます。ベアトリーチェ様、3日後お伺いしますね!」
ついでとばかりにアルフォンスへ軽い祝いの言葉を投げかけ、ベアトリーチェに約束を取り付けてダニエルはにこやかに令嬢たちの元へと去っていった。
アルフォンスは真面目で冷静沈着、孤高の侯爵というイメージだったが、その分周りが個性的になっているのかしら、とベアトリーチェは密かに思っていた。
「ベアトリーチェ」
アルフォンスがベアトリーチェの腰にそっと手を添える。
「そろそろ戻ろう。」
「え、もう戻るのですか?」
パーティーが始まってまだ1時間ほど。もう見せ物は終わりだとでも言いたげな顔にさすがのベアトリーチェも驚く。
「主要な貴族には挨拶をしたし…ここにいてもすることがない。」
「しかし…」
いくらなんでも早すぎではないか。と口を開こうとした瞬間、アルフォンスが顔を寄せ耳元で低く囁いた。
「早く2人になりたい。」
ベアトリーチェの顔が赤く染まる。
ずっと脳裏でぐるぐると渦巻いていた言葉が蘇る。
『続きは…明日。』
無意識に唇に手を当てる。
その様子をアルフォンスは薄く微笑みながら見つめている。その瞳からは絶対に逃さない、という強い意志を感じた。
ベアトリーチェは顔を真っ赤にさせて「でも、」とか「あの、」などと意味のない言葉を呟きながら優しくアルフォンスにエスコートされて屋敷の中へと連れて行かれた。




