心を寄せる③
あの後、「昼食にはだいぶん遅くなってしまったな。軽食を用意させよう。」と言って何事もなかったかのようにアルフォンスは部屋を出て行った。
そして驚くべきことに使用人たちも何事もないと言わんばかりにいつも通りだった。
厄介な者を見るでもなく、失望でも、憐れみでもなく、ただ理解を示しているようだった。
ミラやアンナたちメイドはベアトリーチェに常に張り付くのではなく、「今!」というなんとも絶妙なタイミングでやってくる。
放置されているわけではない。本当に、「お茶が飲みたいな」とか「インクがきれそうだな」というその瞬間思った時にやってくる。
何をどう察知しているのか分からないが、素直に感心してしまった。
ガストンも夕食の時には姿を現さなかった。ただ、少し苦手だな、と思っていたオリーブの実がベアトリーチェの皿にはのっていなかった。ここに来て2回ほど出てきたオリーブを、ベアトリーチェは小さく刻んで食べていた。その代わりに小さな黄色い人参のローストが添えられている。ホクホクして美味しいと気に入っていたものだ。
給仕が少し離れたところからニコニコと微笑んでいるのが見えた。
ハンスはベアトリーチェに、と薔薇の花をメイドに託してくれた。真っ赤な薔薇は濃厚な香りで鮮やかに咲いている。以前庭園を案内してくれた際にその見事な姿に見惚れたのだ。丁寧に棘を全て切り落とし、ベアトリーチェやメイドが怪我をしないように配慮してくれている。
あんなに弱々しい姿を見せ、最初の印象とは180度違う人間になったのに皆変わらず心を尽くしてくれる。
本当にありがたかった。
そしてベアトリーチェも変わらず、完璧ない侯爵夫人の姿を続けた。別に無理をしているわけではない。この姿も自分自身だと受け止められたから、より自然に振る舞えるようになった。
心を尽くしてくれる使用人たちに、ベアトリーチェも心から向き合えるようになったのだ。
「奥様、寒くはありませんか?」
就寝前、ミラが暖炉の火を確認しにきてくれた。
「ええ。…ミラ、ありがとう。これからも頼りにしているわ。本当は皆に言いたいけれど…。ガストンに、夕食のオリーブを避けてくれてありがとうと伝えてくれる?ハンスにも…あの赤い薔薇が気になってたことを覚えていてくれてありがとう、と。」
「…!いつでも、なんでも頼ってください!ガストンさんにもハンスさんにも、皆んなにも伝えます!」
ふふっとベアトリーチェは穏やかに笑った。
明日が楽しみだ、なんて初めての感覚だった。
「奥様、明日は早いのでゆっくりお休みになってくださいね。」
「ええ。おやすみなさい。」
ミラが退室した後、アルフォンスの部屋へと続く扉からコンコンっと控えめなノックの音がする。
「ベアトリーチェ」
扉は開かない。アルフォンスの低く穏やかな声がベアトリーチェの名を呼んだ。
ベアトリーチェは急いで扉へと駆け寄った。
「は、はいっ」
「…今日は冷えるから、暖かくするように。」
「…はい。」
扉を開ける気はないようだ。律儀にこういったしきたりを守るのが、アルフォンスらしいなと思い笑みがこぼれる。
扉に手を当て、すぐ裏にいるであろうアルフォンスを感じる。
「アルフォンス…おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
じんわりと心が暖かくなって、そのままベッドへと潜り込む。ポカポカとして寒さなど一つも感じなかった。柔らかな布団に包まれ、ベアトリーチェは初めて安心して眠りにつくことができた。




