心を寄せる②
ショールを頭から被り、目だけ出したまま、ベアトリーチェはアルフォンスの後について歩く。
外は肌寒いのに、体はぽかぽかと暖かかった。
屋敷に近づくとなにやら騒がしい。
花瓶の壺の中を見たり、燭台の裏を探したり、絨毯をひっくり返したりと使用人たちは混乱を極めていた。
「あいつらは君を一体何だと思っているんだ。」
アルフォンスはさすがに呆れていた。
ベアトリーチェは困惑した。
まさか、自分がフラッと出てきてしまったせいでこんな事態になっているとは思わなかった。
大変だ。すぐに「あら、どうしたのですか?散歩に行っていたのですけれど。」とにこやかに何事もない風に出ていかなければ。
気を入れ直し、ショールをおろそうとする。
しかし、アルフォンスがそれを止めた。
「そのままでいい。」
「えっ」
「少し待っていてくれ。」
そう言い、執事長のヴァルターのもとへ向かう。
「ヴァルター。ご苦労だった。全員仕事に戻れ。」
短く、ただそれだけ指示をする。
周りにいた使用人たちはハッとしてベアトリーチェを確認した。頭からショールを被り、瞳は不安そうに揺れている。
「奥さ…」
「ミラ、仕事に戻りなさい。」
ミラはホッとして声をかけようとしたが、ヴァルターに止められる。
アルフォンスはベアトリーチェを振り返り、左手を差し出した。
「おいで。」
ベアトリーチェは周りの視線を気にして一瞬たじろいだが、すぐにちょこちょことアルフォンスへと駆け寄り右手でその手を取った。
そのまま手を繋ぎ、アルフォンスはベアトリーチェを部屋へと連れていくため階段に向かう。
使用人たちはその様子を信じられないものを目にしたような、興奮した面持ちで見届けた。
「…失望、されたでしょうか。」
アルフォンスに手を引かれ、長い廊下を歩く。
ベアトリーチェはぽつりと呟いた。
皆の視線が怖くて顔を上げることができなかった。
「いや。そもそも無理をさせた我々が悪い。君が気にすることはない。」
「…。」
アルフォンスはベアトリーチェの部屋の扉を開け、そのままソファまで連れていく。
隣り合って腰掛け、アルフォンスはショールをするりと取り去りベアトリーチェを見つめた。
「不安か。」
「これから、どのように接していけばいいか…わからなくて。」
「この屋敷の中で自分を偽る必要はないが…いきなりは難しいだろうな。完璧である必要はない。自分の弱さを君自身が認めるというのは、悪いことではないんだ。人は誰しも弱い部分がある。もちろん隠さねばならない時もあるが…ここは安心できる場所だと君に思ってもらえるように心を尽くす。」
「弱さを、認める…。」
そうだ、私は弱い。
いつもうじうじ考えて、自分の心の中だけで悩んで、苦しんで誰にも相談できない、自分の気持ちを上手く伝えられないから、人に頼れない。
それで結局、今日みたいに限界が来て逃げ出すんだ。
トスカにいた時もそう。自分ではどうにも出来ないから、すべて諦めていた。自分の心から逃げていた。
「私は、逃げてばかりの自分が嫌いです。」
「逃げ、ではない。自分自身を守っていたんだろう。」
アルフォンスはベアトリーチェの固く握りしめた手を包み込む。
「17年、君は周りから求められる姿を作って自分を偽っていた、と思っているだろうが…俺はあの姿も君自身だと思っている。」
「…?」
「相当な努力をしただろう。世界から隔離され、味方もいない状況で君は折れなかった。それしか生きる道が無いと分かっていても、壊れることなくただ1人で立っていた。その芯の強さは本物だ。」
アルフォンスはゆっくりと、穏やかにベアトリーチェに語りかけた。その言葉がベアトリーチェの心をじわりじわりと潤していく。
「だから、君が偽りだと思っている侯爵夫人としての姿は本当は君の長年の努力の結晶で…偽りでは無い。完璧な淑女だ。ベアトリーチェ、君の強みだ。」
まさか、これまで人形のように過ごしてきた17年間も全て認められるとは思いもしなかった。
周りの期待する姿に近づけば、もっともっと努力すればいつかは褒めてもらえるかもしれないと、淡い期待を抱いていたあの頃。
「君が1人で抱え込んで、1人で悩んで、誰かに頼ることが出来ないのは確かに君の弱さかもしれないが…俺に預ければいい。俺は、君に頼られたい。」
「どうして…」
義母と異母兄を見て、私も愛されたい、と思っていたあの頃。
「言っただろう。ベアトリーチェ、君が好きなんだ。」
アルフォンスはわずかに目元を細めて、当然だろ?とでも言うように軽く言った。
ベアトリーチェの瞳には今にもこぼれそうな涙が溜まっていた。アルフォンスから与えられる愛情が心を潤し、溢れそうだった。
ベアトリーチェが瞬きを一つすると、ぽろりと一粒流れ落ちる。それをアルフォンスは優しくぬぐった。
「もっと甘えてほしい。だが、その姿は俺にだけ見せてほしい。」
優しい響きで言葉を紡ぐが、独占欲が滲んでいる。
「…アルフォンス、」
アルフォンスはどきりとして固まった。
ベアトリーチェの頬に添えていた手に彼女の手が重なり、顔をわずかに傾け手に擦り寄っている。
「貴方が、すき」
弱い私も、私が嫌いな私も、全てを認めて包み込んでくれる貴方が好き。
その想いが溢れた。
「ビーチェ…」
アルフォンスが苦しそうな声でうなる。
「それは反則だ。」
そう言うと、深く口付けられた。
呼吸を奪われるような激しいキスに頭がくらくらする。かと思えば、急に肩を掴まれ距離ができる。
「…今日は、もうだめだ。」
アルフォンスは何かを耐えていた。
その瞳には情欲の色が浮かんでいる。
ベアトリーチェの耳元に顔を寄せ、低く囁いた。
「続きは…明日。」
明日は、いよいよ結婚式だ。
そして、待ち受けるのは初夜。
ベアトリーチェの顔は一瞬で赤く染まった。




