侯爵邸の使用人③
アルフォンスは悩んでいた。
寝室の扉を一枚隔てて向こう側にベアトリーチェがいる。扉の鍵はアルフォンスの部屋でのみ操作可能なため、こちらからはいつでも会いに行ける。
だがまだ結婚式を挙げていないためそれは気が引けた。しかしベアトリーチェの様子が気になる。
侯爵邸に来てからずっとあの笑顔だった。
絶対に無理をしている。
悩み抜いた末、自分が出向いたとて追い詰めるだけだろう、と諦めた。
明日、また様子をみようと思った。
一方そのころベアトリーチェは、大きな天蓋付きのベッドの端で公国から持ってきた数少ない品の一つ、いつものショールにくるまり膝を抱えていた。
使用人たちに対する態度は適当だったか、所作は、マナーは、侯爵夫人としてしっかり振る舞えていたか、反省会を行なっていた。
ふと、続き扉が目に入る。
なんとなく、侯爵は今何をしているのかな、と思っていた。
翌朝、若いメイドのミラはベアトリーチェのもとを訪れた。
彼女は昨夜の会議のあと、こう考えた。
『小動物というからには、おそらく内面は寂しがりや。なるべくお一人にならないよう楽しく過ごしていただこう』と。
だからメイド達はかわるがわるベアトリーチェにくっ付いた。「寒くないですか?」「新しいお茶をお持ちしますね。」「庭園にいかれますか?。「香油はどちらにいたしましょう?」
ベアトリーチェは常に、メイド達に囲まれて笑顔でいた。
料理長のガストンは小動物というなら、とこう考えた。『少食かな?』と。
だから毎食、食事の量が適量かしっかり観察した。
「奥様、量はどうですか?少ないですか?多いですか?」「苦手な食材はございますか?」「こちらのデザートお気に召されましたか?」
ベアトリーチェは全てに「ありがとう。美味しいです。」と笑顔で答えた。正直、味は覚えていない。
庭師のハンスは小動物の意味がさっぱり分からなかった。だから、「たぶん孫みたいなかんじだろう』と思った。ハンスの孫は5歳。何にでも「あれは?これは何?あっちにいこう!」と好奇心旺盛だった。
ベアトリーチェが少し1人になりたくて庭園に来た時、ハンスは嬉々として庭園中を案内した。
ベアトリーチェは2時間で全ての花の名前と豆知識を覚えた。
こうして使用人の間で「小動物」というイメージだけが一人歩きし、それぞれが心を込めてベアトリーチェに仕えた。
そして最後にアルフォンスがやらかした。
ベアトリーチェが自分のテリトリーにいることに少なからず浮き足立っていた。表面には出さずとも、屋敷でベアトリーチェを見かけるたび心がフワフワした。
だから、つい、「ビーチェ」と愛称で呼んでしまった。まもなく夫婦になるのだし、このくらい良いと思ったのだ。
ベアトリーチェは限界だった。
翌日、結婚式まであと1日となった日の朝10時。
ベアトリーチェは部屋から消えた。




