侯爵邸の使用人②
翌日、昼過ぎ。ベアトリーチェはイーゼンブルク侯爵邸に到着した。
荷は少なく最小限で自国からの共も連れていない。
公国公女の輿入れとしてはかなり物寂しい様子に使用人たちの顔には戸惑いの色が伺えた。
アルフォンスが馬車へと近づき、そっと手を差し出す。いつもの冷徹な雰囲気は影を潜め、なんとも柔らかい表情をしていた。その表情にまた、使用人たちは戸惑った。
馬車から人影が見え、侯爵家の使用人は全員、侯爵夫人へ頭を下げる。
「みなさん、顔をあげてください。」
凛とした声だった。皆、おや?と思った。繊細な小動物だと聞いていたから、てっきり侯爵の影に隠れるような、心細そうな感じかと思っていた。
顔を上げると、息をのむほど美しい女性が背筋を伸ばしまっすぐ使用人たちを見据えていた。
その瞳は誰も見たことがないエメラルドの輝きで目が逸らせなかった。
「お出迎えありがとうございます。本日からお世話になります、ベアトリーチェです。どうぞ、よろしくお願いします。」
美しく微笑み、使用人一人一人の顔を見るように挨拶をするベアトリーチェに対して、使用人たちの心の声は同じだった。
思ってたのとちがう。
「疲れただろう。」
「少し…。でも、街の木々が本当に美しくてほとんどの疲れがとれましたわ。」
「…そうか。今日はゆっくり休んでくれ。」
「はい。」
侯爵閣下との会話も臆することなく和やかだ。
繊細とは、小動物とはなんだったのか。
皆、頭のなかで疑問に感じていた。
ベアトリーチェの様子にアルフォンスは少し微妙そうな顔をしていたが、だれも気づかなかった。
その後も、エントランスへ案内すると
「まぁ、綺麗なダリア。華やかで素敵ね。」とか、
部屋へ案内すると
「わぁ…、心を尽くして準備してくれたのね、ありがとう。」と微笑まれメイド達は美貌の侯爵夫人に対して「御心まで美しいなんて…」と啜り泣いた。
夕食の席でも
「初めての味だわ。とても美味しいです。」とか「まぁ、ジェラートを用意してくださったの?こちらでは食べられないと思っていたから…ありがとう。」とか、いつも無言で美味しいのか美味しくないのか分からないアルフォンスに慣れていたシェフたちは感動して天を仰いだ。
ベアトリーチェが湯浴みを済まし寝室へ入った後、使用人たちは会議を開いた。
「小動物…とは?」
「とてもお優しくて立派な方です。」
「うーん…」
「はっ…!小動物のように、愛らしい、ということでは⁈」
「それだ。」
「閣下のあんな優しいお顔初めて見ました。」
「でも小動物っぽい雰囲気はそんなに…」
「まだ初日だから…内面がそれっぽい、ということではないかしら?」
「なるほど。」
こうして、ベアトリーチェ像が
「小動物のような愛らしさを秘めたしっかり者の奥様」
になった。
全てはアルフォンスの言葉が足りないせいで起きたことだが、当然その皺寄せはベアトリーチェにすべて向かった。




