侯爵家の使用人①
約4ヶ月ほどの婚約期間を経て、季節は秋。
木々が赤や黄に染め上げられ雲ひとつない青空に映える。風は少し冷たく、冬の足音が近づいている。
ベアトリーチェの輿入れまであと1日。
そして結婚式を4日後に控えイーゼンブルク侯爵邸は慌ただしさのピークを迎えていた。
「奥様の部屋の掃除終わった?」
「朝晩寒いから薪をもっと用意しないと。」
「花が足りないわ!もっと華やかにして!」
「馬車に敷く毛皮干した?」
「慌ただしいな。」
アルフォンスは執務室の外からバタバタと聞こえてくる音にポツリと呟いた。
「いよいよ明日、お越しになりますからね。皆気合いが入っております。」
執事長のヴァルターは穏やかな笑みで答えた。
50代中頃でいかにもな髭を生やし、背筋をスッと伸ばしている。
ベアトリーチェはもう国境を越えただろうか。
馬車で4日ほどかかる距離だ。初めての長旅にさぞ疲れていることだろう。以前公国視察に訪れた際、共に同行していたアーバン卿筆頭に複数名を護衛として付けた。顔見知りがいることで少しは安心できているだろうか。
「閣下、奥様の身の回りに関することはほぼ調整済みです。なにか伝達事項などございますか?」
「…野生の小動物だと思って接してくれ。」
「…はい、野生の?なんと言いました?」
「小動物。」
アルフォンスはベアトリーチェに対しては言葉を尽くすが、基本言葉が足りない。
いつものことで慣れてはいるが、さすがにヴァルターにも理解が出来なかった。
「……と、申しますと。」
「逃げるかもしれないから、慎重に。」
説明は終わりだった。
アルフォンスの頭の中ではすぐに顔を赤くして震えて逃げようとするベアトリーチェの姿がありありと浮かんでおり、これをアルフォンスの言葉で説明するとこうなるのだ。だがもちろんヴァルターには何のことやら分からない。が、説明を終えられてしまった。
「…承知いたしました。」
だから、おそらく繊細なのだろう、と解釈して使用人全体に伝達した。
『奥様は大変繊細だから小動物に接するように慎重に行動すること』と。
いくらなんでも侯爵夫人に対して「逃げるかもだから」とは言えなかった。




