彼の企み①
ー視察6日目ー
視察はあらかた終わり、帝国からの使節団は書類等まとめて明日の帰国準備に取り掛かっている。
残す予定は夜の晩餐会のみだった。
アルフォンスはトスカ公と婚約についての簡易的な書類契約を交わしていた。
「詳細な契約書は後日帝国に戻り次第送ります。本日は大まかな日程確認と相互理解のみ。」
「侯爵閣下と縁を結べるなんて夢のようですな。ベアトリーチェをどうぞ可愛がってやってください。」
ペットか何かだと思っているのだろうか。公爵の言い方にアルフォンスは少し苛ついた。
「…結婚準備期間は4ヶ月。その間に持参金、相続権、年金などこちらの弁護士とやり取りをしてもらう。
レオナルド公子から聞いているだろうが、花嫁衣装はトスカ公国の最高級ベルベットを使用すること。一切の妥協は許さない。」
「承知いたしました。」
トスカ公国の芸術的価値を帝国に知らしめるチャンスだ。公爵も当然、手を抜くつもりは無い。
「そして…輿入れの際、公国からの使用人は一切受け入れない。」
「それは…」
異例な要求だ。一般的に自国の気心が知れた共を連れて行くのが当たり前だ。だがアルフォンスはこの条件だけは絶対に譲れなかった。
「気心知れた使用人もいないようだしな。全てこちらで面倒を見る。」
「…はい。」
これに関しては公爵も何も言えなかった。
「輿入れは10月。それまでベアトリーチェの心身の健康に十分留意するよう願う。」
そう締めくくり、簡易書類にサインをさせて応接室に戻る。
「閣下、おめでとうございます!」
ドミニクは嬉しさを全面に出しアルフォンスを迎えた。「あの閣下が…これで安心だ…」とわざとらしく目元をハンカチで押さえている。アルフォンスはそれを無視してマイヤー書記官の指示を出した。
「帝国に戻り次第顧問弁護士と婚約書類を作成してくれ。忙しないが、再びトスカ公国に入って契約締結までよろしく頼む。こちらの要求は全て通すように。」
「承知いたしました。」
「シュルツ卿。ベアトリーチェの世話役に伯爵夫人をつけたい。」
「光栄でございます!家内にもしっかりと話を通しておきましょう。」
先ほどのふざけた態度とは一変してドミニクは真面目に答えた。
「シーゼ卿以外、少し席を外してくれるか。」
ダニエルはギクッとした。また何かやらかしただろうか。応接室に2人だけになり、アルフォンスは口を開く。
「お前の計画を私も推してはいるが、ベアトリーチェをあまり巻き込みたくはない。」
「あぁ〜」
なるほどその話か。また何か理不尽に怒られるかと思った。
「閣下のお気持ち、大変よくわかります。あれほどの美しさですもんね。貴婦人の噂の的に、いや他の男性達にも目をつけられたくは無い。部屋に閉じ込めてヨシヨシしたい、と思うのも分かります。」
「お前のそのよく回る口を縫い付けてやろうか。」
ダニエルの全く悪気のない言葉にアルフォンスは正直に苛ついた。
「すみません。…ですが、もうピースが揃ってしまいまして。」
アルフォンスは重々しいため息をつく。
「侯爵閣下、公女様がお見えです。」
応接室の扉からアーバン卿が声をかける。
アルフォンスは自ら扉へと歩き、ベアトリーチェを迎えた。
「どうした?」
先ほどまでの苛立ちは失せベアトリーチェに優しく問いかける。
「あの、今夜の晩餐会のことで相談にきたのですが…。」
部屋を見渡すと、アルフォンスとダニエル以外の人が居ない。人払いされたのだとベアトリーチェは気づいた。
「あとで、また伺います。」
ベアトリーチェはダニエルに目を向けた。
そういえば、前回のあの茶会から会っていない。
あのあと大丈夫だったのだろうか、と。
ダニエルは、大丈夫だよ、と言うようにニコッと笑って手を小さく振る。
そしてそれにアルフォンスがまた苛ついた。
「あいつの事は無視していい。何も知らない君を危険な事に巻き込もうとする。」
ベアトリーチェは以前アルフォンスが言っていたことを思い出した。
『シーゼ卿は壮大な計画を立てているが…目をつけられたな。』と。
「ダニエル卿は…一体何を企んでいるのですか?」
ベアトリーチェは訝しげな目をダニエルに向ける。
「企むだなんて、人聞きが悪いですよ。」
ダニエルは爽やかに笑って応える。
「僕はただ、革命を起こしたいんです。」




