魅力的な提案
ダニエルはもう本当に勘弁してほしいと思っていた。
ー視察5日目ー
今日を含めて公国の視察はあと2日。明後日には帝国へ帰国する予定だ。
昨日あの最悪の結果を迎えた後ダニエルは侯爵にひどく冷たくあしらわれた。弁明しようにも「黙れ」の一言で撃沈した。
そして今、ベアトリーチェの異母兄レオナルドとサシで茶を飲んでいる。
仕事をさせてほしい。
「さて、シーゼ子爵。ベアトリーチェをどう思いますか?美しいでしょう?ね?」
「ええ、そうですね…。」
「こちらはね、妹に相応しいのは子爵だとおもっているのですよ。公女ですよ?どこに出しても恥ずかしく無いよう、所作、マナー、学問、芸術、あらゆることを高い水準で身につけています。」
「わぁ、すごい…」
「何故そんなに乗り気では無いのですか。あの子の婚姻相手はこちらが決めるのです。そして、貴方が相応しい、と言っているのですよ。」
「うぅ〜ん…」
そりゃ公爵と侯爵なら肩書き上トスカ公に決定権があるだろうが、現実的なパワーバランスでは真逆なんだぞ。うちの侯爵が公女を手に入れたいって思ってんだからそれに反対したら国がなくなるぞ、とは言えない。こういう説得は僕の仕事なんだ。皆いつも面倒ごとを押し付けてくる。
(僕は外交官じゃないのに…)
ダニエルは重いため息をついた。
ダニエルは一度目を閉じ、思案する。
再び開いたその瞳は計算高い商人の輝きを放っていた。
「公子様。この結婚は両国の平和維持の為、だとお考えですよね?」
「もちろん。」
私生児のベアトリーチェならば一般的に帝国子爵あたりが妥当だ。イーゼンブルク侯爵が重用する臣下の元に嫁げばトスカ公国への無理な介入もされないだろうという安心感もある。本音を言えば異母妹が帝国の侯爵夫人となり実質的に自分達より立場が上になるのが嫌なのだが。
「もっと…いい使い道があるとすれば?」
「……聞きましょう。」
「公女様が貴方がたより地位が上がることにはもう目を瞑ってください。それ以上のメリットがあるというお話です。あの美貌…あの瞳。帝国でも類を見ません。必ずや、社交界のトップに君臨するでしょう。」
「…あの子が?」
「そう。トスカ公国の公女、しかも私生児…。そして帝国随一の武力を誇るイーゼンブルク侯爵の妻。話題性はバッチリです。あの社交界が放っておくわけがない。さて、ところでトスカ公国の縫製技術は素晴らしいですね。」
「え、えぇ…。長年この地で受け継がれてきた職人の技です。」
「あのベルベット…あの上質な光沢に繊細な金糸の織り込み。そして侯爵領鉱山で採れる宝石。それらを見に纏ったベアトリーチェ侯爵夫人。想像してみてください。どんな未来が見えるか。」
「……」
ダニエルの言葉は滑らかで耳障りが良く心に容易く入りこんでくる。その魅惑的な提案にレオナルドはごくりと喉を鳴らした。
その様子を見て、ダニエルは微笑む。
「近い未来、トスカ公国のベルベットは皇室御用達になるかもしれませんね。」
ダニエルは、勝ったと思った。
「新たなトスカの至宝をつくるのです。」




