正当な理由
一方その頃、ベアトリーチェとダニエルは和やかにお茶を楽しんでいた。
「公女様、すみません。未婚の男女が2人でいることはあらぬ噂を生みますから、本当はメイドを下がらせるべきではないのですが…。」
「いいえ…私のためですよね。気にしないでください。」
メイドに見られていては話したいことも話せない。
下がらせて正解だった。
ベアトリーチェはダニエルにかなり心を開いていた。
「シーゼ子爵、あの…」
「なんでしょう?」
「私は、シーゼ子爵のことが好きなのですけれど、」
「ぶふっ…げほっ」
「だっ大丈夫ですか⁈」
「げほっ、いえ、あの、なんですって?」
(聞き間違いか?)
「シーゼ子爵のことが、好きなのですが、」
(違わなかった…)
ダニエルは周囲を警戒した。いつ、彼が現れるかわからない。視線を彷徨わせる様子にベアトリーチェは気づかず、言葉を続けた。
「その…イーゼンブルク侯爵も、その、す、好きだ、と思いまして、」
(おや?)
「あの、違いが、分からないのです。」
ダニエルはなるほど、と合点した。
つまり自分を好いている気持ちと、侯爵を好きと思う気持ちの違いがうまく説明できないのだろう。
重大な任務を課せられた気持ちだった。
ベアトリーチェもいたって真面目だった。本当に困惑していた。でも違うのは分かる。
ダニエルを好き、と言葉にした時はすんなりと口から出てきた。だが、アルフォンスを、の時は心臓が口から飛び出そうだった。
「それは恋です。」
ダニエルは回りくどく言うのはやめて結論を述べた。
「恋…」
「公女様が僕に抱くのは、安心からの好きだと思います。侯爵閣下に対しては…胸が苦しい、とか目で追ってしまう、顔を見たいけど、なんだか恥ずかしい、などなど思い当たるものがあれば、それは。恋です。」
「恋…!」
ベアトリーチェは驚愕した。全て合致している。
これが、恋。甘く、熱く、じわじわと身体中に何かが広がっていく。指先までじんじんと震えてくる。
「そうです。僕のことは、自分から言うのもなんですが、仲の良い友人としての好き、だとお思いください。」
「っ!友人に、なってくださるのですか?」
「僕なんかでよろしければ。」
「嬉しいです!ありがとうございます、シーゼ子爵」
「ダニエルでいいですよ」
ベアトリーチェは、初めての友人が出来たことに感動した。心を偽らず、素直に、気兼ねなく話せると言う存在が嬉しい。しかし、すぐに心がかげった。
「でも、公爵家は貴方との結婚を望んでいます。…侯爵への気持ちが、恋なら…。気づかない方が良かったのかもしれません。」
「なぜですか?」
「心のままに選ぶことは、分かります。ですが、その意志を表明しても結局は家の決定に従うのみです。」
「閣下なら、それを覆せます。」
「そう、簡単にいくでしょうか。1人の女の意見で政治は動かせません。そもそも、帝国侯爵と公国の私生児では家格が釣り合いません。」
帝国の中でも高い武力と経済力をもつ侯爵が、たかだか小国との国境の安定のため、と言う理由だけで婚姻を結ぶのは不自然だ。トスカ公国など脅威でもなんでもないのだから。
「閣下は、望めばなんでも手に入るでしょう。貴方のことも。ただ大義名分は必要ですね。…お教えしましょう。大帝国の侯爵夫人となった貴方の言葉で、世界が変わるのです。」
ダニエルがまっすぐベアトリーチェをみつめる。その目は真剣で先ほどまでの親しみやすさは感じられなかった。
「そんな力、私にはありません。」
「ご自分を過小評価しすぎですね。戦が終わり国が安定してきた今、これから貴族の戦いの場は社交界です。社交の場で必要なのは美と知性、そして権力。侯爵夫人となった貴方はその全てを手に入れる。」
「…」
「帝国宮廷のサロンで権力を握るのは男ではありません。影の支配者は女性です。彼女たちの囁きで政治は一気にひっくり返る。貴方の美貌は貴族女性たちの憧れであり、社交界の華となった貴方の振る舞いで侯爵閣下の地位をより堅固なものとできるのです。」
ベアトリーチェは鳥肌がたった。目の前に座るあの好青年は、するどい商人の目をしていた。
「誰も貴方の発言を無視できない。皇后でさえもその影響力に脅かされることでしょう。…だから、子爵の僕では駄目なのです。」
青年の目に、いつもの穏やかさが戻った。
ベアトリーチェは、張り詰めていた息をほっと吐いた。
「中途半端な権力ほど付け入る隙が出来ますからね。」
やれやれ、といったふうにダニエルは笑ってため息をついた。
「私の言葉で、世界が変わる…」
「今は信じられないでしょうが、いつか必ず実感する時が来ますよ。」
ベアトリーチェは信じられなかった。自分の意見が聞き入れられる時が来るなど想像したこともなかった。
心の奥底にほんの少しの光が見えた。
「言っておきますが、これは僕個人の意見です。閣下の思惑は…」
「おやおや〜!少しばかり迷ってしまったようだなぁー!」
扉の外から大声で芝居がかった声が聞こえる。ドミニクだ。
来た!とダニエルは勢いよく振り返り扉を開ける。
「資料室は〜どこだったかなぁー!」
「何故そんなに声を張る」
「おやおやこれはシュルツ伯爵に侯爵閣下まで!どうされましたか!いやぁ、僕は資料室に行こうと思ったらうっかり、うっかり公女様のティールームに入ってしまいましてね、ははははは」
アルフォンスの怪訝そうな顔が目に入った。
「何をしている。」
「いえ、あの、少しばかり。少しばかりお茶をいただいていただけです。」
「2人だけでか。」
「おやっもうこんな時間だ仕事に戻らねば!では、侯爵閣下あとは…」
後はまた、無理やりアルフォンスを席に着かせて退散だ。計画通り。ダニエルとドミニクは目を合わせニヤリとした。
…が、
「ま、まって、ダニエル卿っ!」
すぐ後ろに、ベアトリーチェがいた。
ダニエルの袖を引っ張り、頬を赤くして不安そうなエメラルドの瞳を潤ませていた。
ダニエルに今行かれては困る。先ほど恋心を自覚したばかりで一体2人で何を話せと言うのだ。
まずい、非常に。ダニエルは瞬時に悟った。
「ここに、いてください」
ベアトリーチェが追い打ちをかける。
アルフォンスの黒い瞳が冷ややかに2人を射抜いた。
「…ダニエル卿、とは。随分と、仲がいいのだな。」
その低く冷たい声に、ベアトリーチェは怯えた。アルフォンスを見上げると、これまで見たことがないほど冷めた目をしている。
思わずダニエルの袖をぎゅっと握った。
その様子を見て、アルフォンスの眉間に一層皺がよる。
ダニエルは冷や汗をかいた。想定外の最悪の展開になってしまった。




