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深窓のベアトリーチェ  作者: すみれ
運命の出会い
15/43

困惑

ベアトリーチェ・ディ・トスカ  トスカ公国公女

アルフォンス・フォン・イーゼンブルク 帝国侯爵


*帝国貴族

ダニエル・フォン・シーゼ  商人上がりの子爵

ドミニク・フォン・シュルツ 40代半ばの伯爵


*トスカ公国

レオナルド・ディ・トスカ  ベアトリーチェの異母兄


『俺を選べ。』


時が止まる。

心臓の音が3回鳴り、周囲の喧騒が蘇る。


「選ぶ…?」


何かを選ぶなんてしたことがない。

身の回りのもの全てを用意されてきたベアトリーチェにとって、「選ぶ」も「心のままに」も理解し難い。


「ベアトリーチェ」

アルフォンスが続ける。


不意に名を呼ばれ、胸が刺すように痛んだ。

驚いて振り返ると、あの黒い瞳がじっとベアトリーチェのエメラルドの瞳を見つめていた。

体温が上がった気がする。


「……」

「……」


アルフォンスの言葉は続かなかった。

何か言おうとはしていたが、思いとどまったのかそっと視線を外した。


「移動だ。次は縫製工場へ行く。」

腰掛けていたベンチの背もたれからすっと立ち上がり、ベアトリーチェへ手を差し出す。


簡素ではあるが仕立てのよい軍服に革の胸当てをし、重そうな外套を羽織っている。

相変わらず全てが黒いが、今までほどの威圧感は感じなかった。


(選ぶ…)

ベアトリーチェの頭の中では、ずっとこの言葉が渦巻いている。


(どうやって?)

そっと、アルフォンスの手を取り立ち上がった。




その様子をじっとアルフォンスは見つめていた。

本当は、『俺を選べば自由が得られる』と続けようとした。だが、それでは意味がないと思いとどまった。


先日ドミニクから諌められた言葉を思い出す。

『貴方が望めばなんでも手に入るでしょうが、それでは心は手に入りませんよ。』


ベアトリーチェを手に入れたい。

あの少女の心を動かすのは自分だけであって欲しい。

なるほど、とそこで理解した。

心を手に入れるとはそういうことか、と。


命令して帝国に連れて行っても、それは公国の人間と同じことだ。ベアトリーチェが『自分の意志で』『選び取る』ことこそ重要なのだと気づいた。


当然だがアルフォンスは相手を尊重するなどこれまでの人生で一度たりともしてきたことがない。

そんな思考にもならなかった。


(心まで欲するとは…強欲すぎるな。)

これからどうしたらいいのか、アルフォンスも密かに頭を抱えていた。



そんな2人の様子をさらに離れて眺める人物がいた。

(空気が深刻すぎる…)

ドミニク・フォン・シュルツもまた思い悩んだ。


あの状態で一体どうやって恋仲に持っていけばいいのか。婚姻した後から徐々に心を通わす夫婦は当然いるし自分もそうだった。だが、それは言葉を交わしお互いが歩み寄ったからこその結果だ。

ドミニクは確信していた。

(あの2人には、無理だろう)


圧倒的に言葉が足りなさすぎる。

侯爵ほどの地位にいる人間が他人と心を通わすなどする必要はない。むしろそれが弱点となりうるからアルフォンスは極力そういったものを避けてきた。

アルフォンスとは長い付き合いでそれこそ子供の頃から知っているから言外に秘められた意味もそこそこ読み取れるが、初心者には無理だ。

そしてベアトリーチェ公女も他人に心を開かない。


(会話の機会を増やしたところでどうにかなる問題か?)

しかもアルフォンスには『紳士たるもの、待て』と言ってしまった。

(シーゼ卿に任せよう)


またしても、被害者はダニエル・フォン・シーゼだった。






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