街の視察
「では、シーゼ子爵。申し訳ありませんがベアトリーチェを少しよろしくお願いします。」
「はぁ…。」
公国のレオナルド公子にそう頼まれてしまえば断れるはずもない。
ダニエルはベアトリーチェと首都の噴水広場のベンチに座っていた。
ダニエルに任されていたのは軍の設備や装備、予算、防衛戦など軍事関係の把握だったため確かに街の視察ではあまり仕事が無い。だが、公国の思惑がありありと透けて見えた。
意図的に、2人にされている。
公国はダニエルと婚姻を結ぶことを望んでいる。
ちらり、とアルフォンスをみる。
今はレオナルドと地図を広げながらあれやこれや話していた。よかった、今は仕事に集中なさっている。
ほっと胸を撫で下ろした。
「あの、」
ベアトリーチェがダニエルに声をかける。
「どうしました?」
「視察に来られたのに、すみません。」
「いえ、僕の管轄ではありませんし…お気になさらないでください。」
ベアトリーチェはにこり、と微笑んだ。
ダニエルもつられてにこっと笑う。
ベアトリーチェは屋敷の敷地から出たことがない。
初めての街に少しわくわくしていた。
外出用の少し丈の短い深緑のドレスに、茶色のブーツを履いて淡い金の髪はゆるく編み下ろされている。
活気があって…明るくて、子供たちも大人も笑っていた。なんだか、眩しかった。
ベアトリーチェは静かにその姿を見つめていた。
「…疲れましたか?」
「っ!いえ…」
ダニエルの声にハッと意識をもどした。
「自由だなぁ、と思いまして。」
ベアトリーチェは苦笑いをこぼす。
「はじめて、街に出ました。みなさん楽しそうで…。どこに遊びに行こう、とか何食べよう、とか、親子で歩いていたり、恋人同士でお買い物したり…。あれが、普通の生活なのでしょうか。」
「…普通でもありますし、特別でもあります。」
「特別?」
「どこに行きたいとか、何食べようとかは普通の欲求です。でも戦時中ではそんなこと考えられませんから、ああして笑って過ごせるのは特別なことです。」
「そう…。」
ベアトリーチェは大陸が戦争している混乱の時期もずっと公爵邸で大切に大切に守られてきた。
いま、心から笑っている人達の辛さや悲しみ、飢えなど一生理解することができないだろう。
それらを乗り越えてきたからこそ、特別なのだと感じた。
ただただ従順な人形であることを求められる私には。
「私には、その普通で特別な日は訪れないのでしょうね。」
「…貴族と、平民たちの役割は違いますから。いま、貴方が友好の架け橋となることを期待して、人々はより安心を得られているのです。」
ベアトリーチェは微笑んだ。
ただ、エメラルドの瞳はすこし陰っていた。
「ただ…」
「お前の心まで犠牲にする必要はない。」
いつの間に。
アルフォンスがベンチのすぐ後ろに立っていた。
「閣下…盗み聞きですか」
「聞こえただけだ。」
手元の資料をダニエルに渡す。
次はお前の仕事だぞ、とでも言うように。
ベンチに残れたベアトリーチェと、そのすぐ後ろ背もたれに腰掛けるアルフォンス。顔は合わせない。
「心のままに生きてもいいと思うが。」
「…女には、そう簡単なことではありません。」
心のままに、生きる。
考えたこともなかった。
「普通の女なら。だが公女ならできる。」
「勝手に言われても困ります。」
無責任な言葉に、苛ついた。
この男はいつも私の心を乱す。
「選び取ればいい。」
低く、淡々と語りかける。
「何を。」
「俺を選べ。」
一瞬、時が止まった。




