花が咲く
ベアトリーチェは苦しんでいた。
あの後ドレスを脱ぎ、湯浴みを済ませてメイドを下げた。そして今、ソファの端に丸くなり、頭からショールを被ってぎゅっと膝を抱えていた。
ベアトリーチェは不安な時、心細い時、いつも1人で小さく丸くなっている。ショールをかぶれば狭くて少し暗くて、落ち着いた。
しかし今日ばかりは無理だった。
あの黒の眼差しが、体を支える大きな手が、右手の指先が、消そうと思っても頭から離れなかった。
思い出すたびに心臓が跳ね、苦しくなる。
なんだろう、これ。
なんで、ずっと心臓が痛いんだろう。
…病気かもしれない。
ベアトリーチェは寝ることにした。
初めての感情に戸惑っていたのはベアトリーチェだけではなかった。
アルフォンスも1人、考え込んでいた。
らしく無いことをした、と。
たかだか17歳の少女の反応でこれほどまでに心乱されるとは。理解し難かった。
だが欲しいと思っている、それだけは確かだった。
これまで長年軍に在籍し、征服地で女を献上されることなど多々あった。当然女性とのあれやこれやも経験している。
けれどもこの感情については分からない。
いや、分からなくは無いが自分がまさか、という受け入れ難い気持ちだった。
気軽に恋だの愛だのと言えるような甘い感情ではなく、もっと暗く、執着に近いような気がする。
アルフォンスは考えるのをやめた。
これ以上は危険だと思った。
明日からの公国視察に集中しなくては。
翌朝、ベアトリーチェは当然眠れなかった。
目の下にうっすら疲れが見える。
今日から約1週間、帝国使節団の視察がある。
なるべく顔を合わせたく無い、と思うがもちろん無理である。早朝、公爵から「明日からの街の視察だが、レオナルドと共にお前もついて行きなさい。」との通達があった。
嫌だ。
なんて言えるわけもなく笑顔で了承した。
今まで敷地の外に出たことがない。確実に帝国貴族との接点を増やすため、そして公国の民にベアトリーチェの存在を知らしめるためだろう。
幸い視察は明日から。
今日は1人でゆっくりしよう。
そういえば、リンデンバウムの花はあれから増えただろうか。
デビュタントを終えて、もうコソコソする必要もない。少し、見に行こう。
「あれ…全然咲いてない。」
一昨日見た時と変わらず2輪ほどしか咲いていなかった。
「季節が早いから…狂い咲きしたのかな」
「いや」
出た。
いつも突然現れる。見なくてもわかるし、今はちょっと見たくない。
「ここに蕾がある。まもなく咲くだろう。…お前からは見えないか。」
僅かに笑っている気配がする。
横に並ぶ黒の男を睨む。
「なぜ、ここにいるのですか。視察中では?」
「休憩もしてはいけないのか。」
「…」
ここにわざわざ来る必要あるか?
という視線を向ける。
「…君の姿が見えたから。」
また、心臓が跳ねた。
なんなんだ、昨日の強引さが影を潜めて穏やかな雰囲気だ。別人なのではないか。
顔を赤く染め、手を握りしめて逃げる準備をする。
じり、と後ずさるとすかさず声をかけられる。
「そう逃げるな。」
「逃げてません。」
「逃げようとしただろう?」
「でもまだ逃げてません!」
必死だった。気を緩めたら、とって食われると思った。
手を握りしめて、肩を震わせ顔を赤く染めて怒っている。威嚇する猫みたいだとアルフォンスは思った。
少し可愛いと思えて、口元を緩める。
…かわいい?という疑問を頭の片隅に追いやった。
アルフォンスの手が伸ばされる。
ベアトリーチェは思わずビクッと肩を大きく震わせた。
ぽん、と頭に大きな手が乗せられる。
…?
「では、また。」
休憩は終わりなのか、そう一言だけ言い残してアルフォンスは屋敷へと去って行った。
…?…??
ベアトリーチェはより一層顔を赤く染め、先ほどアルフォンスの大きな手が触れた場所を確かめる。
リンデンバウムの花が、また一輪咲いた。




