夕焼けのバルコニー
少し、疲れた。
公爵の言いつけ通り一通り踊った後、
「少し人に酔ってしまって…失礼します」
という断りをいれてバルコニーへ向かう。
夜の闇が迫り、太陽は紅く燃えて落ちていく。
混じり合う紫の夕焼けが今まで見たことのないほど神秘的にうつった。
1人になり、息を吐く。
「きれい…」
「もうダンスはいいのか?」
心臓が飛び出るかと思った。
「それとも…私に会いに?」
アルフォンスはバルコニーの手すりに寄りかかり、口元に笑みを浮かべてベアトリーチェを見ていた。
「…違います。」
「残念だ。」
つい、睨みつけてしまう。
もう仮面をかぶることができなくなっていた。
アルフォンスは今、とても機嫌がいい。
目の前の少女が心を偽ることなくまっすぐ自分を見ているから。睨まれてはいるが。
何故こんなにも気になるのかわからない。昨日の姿と今日の姿が違いすぎたからか。最初は好奇心だけだったはずだが、おかしい。
このエメラルドの瞳に自分を映してほしいと思った。
「淑女がそんなに睨んでいいのか。」
「睨んでいません。」
瞳がそらされる。
「今日は逃げないんだな。」
「っ!なにがしたいのですか⁈ さっきの…あれだって…」
再び睨まれる。
みるみる顔が赤くなる。
あぁ、この瞳だ。
コツ、と音をたて一歩近づく。
ベアトリーチェは、ビクッと警戒する。
コツ、コツ、と歩み寄る。
ベアトリーチェも後ずさる。
とん、と背中が手すりに当たった。
あっと思った瞬間、顎を掬い上げられた。
「興味がある」
ベアトリーチェは動けない。
「何故だか目が離せない。…私にそんな瞳を向けるのはお前だけだろうな。」
目元を細め、わずかに微笑む。
ベアトリーチェの心臓は限界だった。
身体中燃えるように熱くて、息が詰まる。
黒い瞳に囚われて、瞳がそらせなかった。
そっと、アルフォンスに右手を取られる。
「嫌だったら、次はもっと爪を研いでおくことだ。」
手先を一度、優しく撫でられる。
いつのまにか夜が空を覆いつくし、陽が落ちていた。
ベアトリーチェは真紅のドレスを翻し、バルコニーから逃げ出した。
また逃げられた。
漆黒の軍服に身を包んだ侯爵はため息を一つ、けれど機嫌良くホールへと戻っていった。




