18
屋敷が近づくにつれ、道が緩やかな坂になった。馬車が丘を登っていく。
「もうすぐだよ」
とアルベルトが言った。
カリナが窓から身を乗り出した。
「おやしきー!!」
「リナ座って」
レオナルドが席に引き戻す。
丘の上には屋敷が見えた。石造りの、大きな屋敷だった。王都の邸宅より横に広く、どっしりとしていた。壁に蔦が絡まる素敵な建物だった。庭に大きな木が何本も立つ。あれはなんの木だろう…そんなことを考えていると、馬車が正面の門をくぐった。
屋敷に着くとすでに使用人たちがずらーっと並んでいた。十数人が二列に整列して、頭を下げる。
「お帰りなさいませ、伯爵様」
先頭の年配の女性が言った。白髪をきっちりまとめた、背筋の伸びた女性だった。
「ただいま、マーガレット。みんな元気だったか」
「おかげさまで。レオナルド様もアルシア様もカリナ様も、皆様ご立派に成長されて」
マーガレットがアルシアを見た。
「ようこそいらっしゃいました、アルシア様」
「よろしくお願いします」
アルシアが頭を下げると、使用人たちがほっとしたような顔をした。
カリナが使用人の列を見て言った。
「こんにちはー!!」
使用人たちが一斉に破顔する。
荷物を運び込む前に、アルベルトが屋敷を案内してくれた。広間、食堂、書斎、図書室。
図書室でアルシアの足が止まった。壁一面に本棚がある。
「全部読んでいいの?」
「もちろんだよ」
アルシアの目が輝いた。
今にも読み始めそうなアルシアの手を掴み、エドワードがため息をついた。
「アリー、今は続きがある」
「もうっ…わかってる」
それでも名残惜しそうに図書室を後にした。
裏手には広い庭が広がっている。王都の屋敷のように、管理された庭園ではないが居心地の良さそうな庭だった。その先に果樹園が見える。
「わあ」
アルシアが呟いた。
林檎、梨、桃、実がまだ青いものもあったが、どの木も葉が青々としている。
果樹園の隣に畑があった。麦、野菜、豆様々な植物が太陽の光をたっぷりと浴び、のびのびと葉を茂らす。さらにその先に、柵で囲まれた場所があった。
牛が三頭、馬が数頭、豚が数頭、のんびりと草を食んでいた。
カリナが柵に駆け寄った。
「うしさんー!!」
牛が迷惑そうに顔を上げる。レオナルドが慌ててカリナを追いかけた。
アルシアは果樹園を見ていた。
頭の中で植物図鑑の中の絵と、目の前の木を照らし合わせる。
「お父様、この木って温室の木より大きいね」
「外で育ってるからね」
「実の大きさは?」
「温室の方が少し大きいかな。魔法をかけてるから」
「じゃあ外の木にも魔法をかけたら?」
アルベルトが少し考えた。
「……試してみようか」
エドワードがその会話を聞いて、静かにため息をついた。
夕方、屋敷に戻るとすでに食堂に料理が並んでいた。到着を祝う夕食なので、いつもより品数が多い。そのどれもが温かかった。
「お帰りなさいませ」
とマーガレットが言った。
「領地の食材を使いました、ぜひたくさん召し上がってください」
「美味しそう!」
カリナが椅子に飛び乗った。
家族が揃って席についた。
アルベルトが杯を持ち上げた。
「今日から領地での生活が始まる。みんなよろしく頼む」
「「「よろしくお願いします」」」
掛け声と共に杯が合わさった。
その日の夕食はとても賑やかだ。カリナが豚の肉を頬張りながら、興味見た豚の話をし、レオナルドが苦笑いしながら聞いていた。セシリアが美味しそうに料理を食べ、アルベルトがマーガレットに領地の近況を聞く、ヴィクター先生がなぜか羊皮紙を出しかけて、エドワードに止められた。
エドワードが止めたことを、誰も突っ込まなかった。
夜、アルシアは自室の窓を開けた。
冷たい空気が髪を揺らし頬をくすぐる。
王都で見る夜空より星が多かった。王都では見えなかった星まで見えるらしい。そして空が広かった。遠くで、虫の声がして、風が吹くと、木の葉が揺れた。
静かだった。
王都の夜とは全然違う静けさ。
アルシアはしばらく大きな窓の外を見ていた。ここから、何かが始まる気がしていた。
(上下水道、煮沸、品種改良、手洗い)
頭の中にやりたいことが、どんどん浮かんでくる。なんだら胸が高鳴り、アルシアは少し笑った。
楽しくなってきた。
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