16
二日目の昼前、街道沿いの町に立ち寄ることになった。補給のためだとアルベルトが言った。馬車から降りると、町の中心に市場があった。色々な店が並んでいる。野菜、果物、肉、魚、布。活気があって賑やかだ。
「お父様、行ってみていい?」
アルシアがアルベルトに聞いた。
「エドワードと一緒にな」
「はい!」
エドワードと二人で市場に入った。
最初に気づいたのは匂いだった。
食べ物の匂いと、土の匂いと、それから何か別の匂いが混ざっていた。
アルシアは肉屋の前で足を止める、台の上に肉が並んでいた。直接台の上に、皿も蓋もなく。その上を虫が飛んでいる。
「エド」
「なに」
「あの肉、大丈夫?」
エドワードが肉屋を見た。
「どういう意味だ?」
「虫が止まってる」
「……市場だからな」
「食べて大丈夫?」
「火を通せば大丈夫だろう」
アルシアが少し考えた。
「そもそも、なんで直接置いてるんだろう」
「置く場所がないからじゃないか」
「布とかかけないの?」
「……」
エドワードは答えなかった。
その時肉屋の主人が人の良さそうな顔でにこにこしながら
「いかがですか」
と声をかけてきた。
二人は礼儀正しく笑って、通り過ぎた。
次に井戸があった。
町の中央の広場に、一つの井戸。
その周りに人が集まっていた。水を汲む人、洗濯をする人、子どもが遊んでいる人。
アルシアは井戸を見た。井戸の周りが、少し汚れていた。
「みんな同じ井戸を使ってるんだね」
「ああ」
「洗濯も?」
「そうだな」
「飲み水も?」
「……そうだな」
アルシアがじっと井戸を見た。
洗濯に使った水が地面に流れていた。その近くで子どもが遊んでいる。洗濯をしたその水が地面に染み込んでいた。
「……エド」
「なに」
「井戸って、地面の下から水を汲むよね」
「そうだ」
「地面に染み込んだ水って、どこへ行くんだろう」
エドワードが止まった。そしてしばらく井戸を見つめる。
「……まさか」
「わからないけど」
二人は同時に井戸を見ている。そこには先程と変わらぬ、風景。
エドワードがゆっくりと息を吐き出した。
「……アリー」
「なに」
「それ以上考えるのをやめてくれ」
「でも」
「頼む」
馬車まで戻る途中、市場の端にゴミが積まれている場所があった。
野菜の切れ端、魚の骨、布のきれ端。その近くに食べ物を売る店があった。
アルシアがそれを見た。何も言わず、ただじっと見ていた。
エドワードが小声で言った。
「……何を考えてるんだ」
「……あのね、」
「待て、やっぱり言わなくていい」
「でも」
「言わなくていい」
アルシアは口を閉じた。
でも目が、まだなにかを考えていた。エドワードはその目を見て、深くため息をついた。
馬車に戻ると、ヴィクター先生がいた。
「どうでしたか、市場は」
「色々と気になることがありました」
先生が羊皮紙を取り出した。
「たとえば?」
「肉の保管と、井戸とゴミの場所と、あとは……」
「うん」
「全部まとめて考えると、なんかいろいろ問題がある気がして」
先生が物凄い速さで書き始めた。
エドワードがため息をついた。今日、何回目のため息だろうか…
アルベルトは馬車の中で、静かにその会話を聞いていた。口を挟まず、でも考え込むようなそぶりだった。
その夜の宿で、アルシアはまだ考えていた。
「ねぇエド?」
「なに」
「昼間の市場で肉に虫が止まってたじゃない」
「……ああ」
「エドが病気になった時、体の中に悪いやつが入ったって言ったよね」
「言った」
「虫って、悪いやつを運んでたりしないかな」
エドワードがしばらく黙った。
「……寝ろ」
「でも」
「今夜は寝ろ。明日また考えろ」
「……わかった」
アルシアは宿屋の自分の部屋入り扉を閉めた。それを確認してからエドワードも部屋にもどる。エドワードはベットに潜り込み目を閉じる。
(あの人は領地に着いたら何をしでかすんだろう)
春の夜は、まだ少し寒かった。
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