13
その日異変に気づいたのはアルシアだった。
朝の訓練の時間になっても、エドワードが訓練場に来ない。おかしい、エドワードが訓練を休んだことは、今まで一度もなかったのに。
アルシアは不安な気持ちを抱えたまま廊下を走った。
エドワードの部屋の前につくと、扉を叩く。返事がなかった。
嫌な予感がして、もう一度叩いて耳を澄ます。中から微かにうめき声がした。アルシアは慌てて扉を開けると、エドワードがベッドの中でうずくまっている。顔は真っ赤だった。
「エド」
「……アリー」
声がかすれていた。
「熱がある?」
額に手を当てた。ものすごく熱かった。
すぐにセシリアが呼ばれ、アルベルトが呼ばれ、ヴィクター先生が呼ばれた。
先生がエドワードを診た。額に手を当て、目を確認し、喉を見た。それから静かに立ち上がった。
「高熱です。子供は体力があまりない、これ以上ひどくならないと良いのですが」
「治癒魔法では?」
アルベルトが聞いた。
「試みましたが……外傷がありません。魔法が作用しません」
室内が静かになった。
「安静にして、水を飲ませて、薬を飲んで熱が下がるのを待つしかありません」
先生は静かに言った。でもその表情は、隠しきれない心配を帯びていた。
アルシアはエドワードを見た。
ベッドの上で、エドワードが苦しそうに息をしていた。
「病気も治せると思います」
アルシアが言った。
全員がアルシアを見た。
「アルシア」
セシリアが優しく呼びかけるそして続けて言った。
「でも先生が——」
それでもアルシアは止まらなかった。
「病気も怪我も体の異常です」
ヴィクター先生が止まった。
「……病気は怪我ではありません」
「怪我ではないけど、体の中で何かが悪さをして、体が戦ってるんです。だから熱が出る」
「……体が、戦っている」
「だから体の中に普段とは違う異常がある。見えないだけで」
先生がアルシアを見た。
アルシアはすでにエドワードのそばに移動していた。
「やってみます」
アルシアはエドワードの額に手をかざし、目を閉じた。
(体の中に悪いものがいる。それを排除する。炎症を抑える。免疫を助ける)
「ヒール」
白い光がエドワードの全身をゆっくりと包んだ。今まで出したことのない規模の光がエドワードの体に吸い込まれるように消えた。全員がエドワードを見た。
しばらくして、エドワードが少し深い息をした。
「……さっきより、楽かも」
アルベルトがエドワードの額に手を当てた。
「熱が……少し下がっている」
室内がざわめき、ヴィクター先生が固まっていた。
「熱に……ヒールが……」
羊皮紙を取り出した。手が震えていた。
でもアルシアは満足していなかった。
「なんで完全に治らないんだろう」
眉をひそめた。
エドワードがかすれた声で言った。
「……十分だよ」
「十分じゃない。でも今はこれ以上できないみたい。」
アルシアは考え込んだ。
それから、アルシアは動き始めた。
「お母様、水と塩と砂糖はありますか?少しだけでいいので」
セシリアが首を傾げながらも用意した。
アルシアが丁寧に混ぜた。
「エド、これ飲んで。少しずつでいいから」
「……なに、これ」
「水分補給。汗かいたでしょ?体の中の水が足りなくなってるから」
次に使用人を呼んだ。
「部屋をもっと暖かくしてください。それから濡れたタオルをいくつか干してほしいんですけど」
「濡れたタオルを……ですか?」
「乾燥してると体に悪いので」
使用人が困惑しながらも動いた。
セシリアが厨房に声をかけた。
「消化にいいものを作ってもらえる? パンがゆとか、野菜をくたくたに煮たスープとか」
アルシアの行動を見ながら、セシリアがそっと動いた。
ヴィクター先生は部屋の隅で羊皮紙に書き続けていた。
「体内に侵入した何かが熱の原因……ヒールで体の防御を助ける……水分と塩分の補給……加湿……消化への配慮……」
書きながら呟いた。
「……神よ」
三日後、エドワードの熱が完全に引いた。
「もう平気だ」
ベッドの上で起き上がったエドワードが言った。アルシアが真偽を問うように、じっと顔を見据える。
「顔色は?」
「普通だと思う」
「頭痛は?」
「ない」
「喉は?」
「痛くない」
「食欲は?」
「……お腹空いた」
そのひと言でようやくアルシアがほっとした顔をした。
「よかった」
エドワードはアルシアを見た。三日間、ほとんどずっとそこにいた。水を飲ませて、タオルを替えて、おかゆを持ってきて。
「アリー」
「なに?」
「……ありがとう」
アルシアが首を傾げた。
「当然でしょ」
エドワードは何も言わなかった。
ただ、視線を窓の外に向けた。
冬の空が見えた。
その夜、アルベルトの書斎にヴィクター先生が訪ねてきた。
「伯爵、少しよろしいですか」
「どうぞ」
先生が椅子に座った。
しばらく黙っていた。
「……お伝えしなければならないことがあります」
アルベルトが静かに頷いた。
「アルシア様の聖魔法は…いえ、その発想力が規格外です」
先生が言葉を選んだ。
「このままでは、いずれその能力が外に知れます」
アルベルトが窓の外を見た。
「……わかっています」
「早めに、環境を整えた方がよいかと」
沈黙があった。
「春に、領地へ連れて行こうと思っています」
先生は静かに頷いた。
「エドワード君も一緒に?」
「もちろんです」
先生はまた少し黙った。
「………私も一緒にいかせていただいてもよろしいでしょうか?」
アルベルトが先生を見た。
「記録しなければならないことが、まだ山ほどありそうですので…」
そう答えたヴィクターの表情はいたずらっ子のようだったが、その瞳は愛しいものを見るような優しさで溢れている。
「……あの二人を、よろしくお願いします」
そう言い、アルベルトは深く頭をさげた。
「ええ…。神よ、どうかこの先もお力をお貸し下さい」
今度ばかりは、その祈りに笑いが混じっていた。
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