10
その夜、エドワードは自室で天井を見つめていた。
今日の授業が頭から離れなかった。
ウォーターボールが四角じゃダメなのか。炎が白くなるのか。岩と金属の境界はどこか。
アルシアの問いは止まらず、先生は神に祈っていた。
エドワードはゆっくりと息を吐き出す。
(あの人は、きっとこれからもっとすごいことを言い出す)
温室での品種改良の話。保湿水の話。傷口を洗う話。魔力操作の特訓。全部、そう全部だ。普通じゃない。ずっとそう思っていた。でも今日、はっきりわかった。
(アルシア様は、きっと大変なことになる)
エドワードは決意した。
翌朝、エドワードはアルベルト伯爵の書斎の扉を叩いた。
「伯爵、少しよろしいですか」
「どうぞ」
扉を開けると、アルベルトが書類から顔を上げた。エドワードを見て、少し目を細める。
「エドワードか。どうしたんだい、改まって」
エドワードは部屋に入り、きちんと立った。
「お願いがあります」
アルベルトが姿勢を正し、椅子に背を預けた。
「聞かせておくれ」
エドワードは真剣な顔をしていた。五歳とは思えない目だった。
「レオナルド様と共に剣術を学ばせてください」
アルベルトは少し考える。
「理由を聞いてもいいかな」
エドワードはその問いにどう答えるべきか…少し逡巡した。でも嘘は言わない。
「俺は火属性です」
「うん」
「魔法も鍛えます」
「うん」
「ですが、それだけでは足りません」
アルベルトが黙った。
エドワードは慎重に言葉を選んだ。
「アルシア様は…」
少し間があった。
「特別な方になると思います」
アルベルトの表情が、静かに変わった。
「だから俺が守ります」
決意を込めたエドワードの宣言に、室内が静かになる。その沈黙の中で、アルベルトはエドワードをしばらく見つめた。
五歳だ、とわかっている。そのまだ五歳の子どもが、こんな顔をして、こんなことを考えている。娘を思ってくれる気持ちが嬉しかった。でもその反面、少し切なかった。この子はもう、自分の人生をアルシアの隣に置くと決めているのだ。
「そうか」
アルベルトは静かに立ち上がると、扉を開けて廊下に声をかけた。
「レオンを呼んできてくれないか」
しばらくして、レオナルドが顔を出した。
「はい、父上。どうかされましたか」
アルベルトはエドワードを一度見てから、レオナルドに言った。
「明日からエドワードを頼む。一緒に剣術の訓練を受けさせてやってくれ」
レオナルドがエドワードを見た。エドワードが真剣な顔で頷いた。
レオナルドは一瞬だけ目を丸くしてから、笑った。
「承知しました」
部屋を出るとき、アルベルトがエドワードの肩に手を置いた。
一言だけ言った。
「よろしく頼む」
エドワードはしっかりと頷いた。
翌朝から、エドワードの剣術訓練が始まった。レオナルドとの訓練は厳しかった。容赦がなかった。でも教師はとても丁寧だった。
エドワードは一度も音を上げなかった。
その頃アルシアは、ヴィクター先生の授業でまた新しい疑問を見つけていた。
二人の朝は、それぞれ別の場所で始まる。
数日後。
朝の訓練を終えたエドワードが水を飲んでいると、アルシアが駆けてきた。
「エド、今日剣術の練習やってたの?」
「そうだよ」
「見てたわ。かっこよかった」
エドワードが少し固まった。
「……見てたのか」
「うん。いつから始めたの?」
「少し前から」
「なんで?」
エドワードはアルシアを見た。
「なんとなく」
アルシアが首を傾げた。
「そう? でもかっこよかった」
エドワードは視線を逸らす、その耳が赤かった。
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