11
ここ2ヶ月ほど、夜明け前から訓練場に響く音がある。木剣が空を切り、足が地面を踏む音。それだけが、静かな朝に響いていた。
エドワードは毎日黙々と続けた。素振り、足さばき、走り込み。最初は木剣を振るだけで腕が痛くなったし、走り込みでは足がもつれて何度も転んだ。素振りをする手は何度も皮が剥ける。それでも休まなかった。
理由は一つだ。
朝練を始めて2ヶ月が過ぎたある朝、教師が木剣を持って訓練場に歩いてきた。
「エドワード」
「はい」
教師が素振りをしていたエドワードをしばらく眺めてから、声をかけた。
「今日から次に進む」
その言葉にエドワードの表情が引き締まった。
「対人訓練だ」
言葉と共に木剣が一本投げられた。エドワードが受け取る。
少し緊張していた。でもそれ以上に、嬉しかった。
ここまで毎日続けてきた、その成果だから。
レオナルドが木剣を持って待っている。
「打ち込んで来い」
レオナルドが構えた。エドワードも構えた。
数秒の沈黙。
踏み込んだ。
バシィ!!
一撃で弾かれ、転がった。
(行けるかも、と思ったのに)
地面に手をついて、顔を上げた。
レオナルドが見下ろしていた。
「まだ早い」
言葉とは裏腹に、声は穏やかだった。
「今の踏み込みは良かった」
手を差し伸べながら言った。
「だが腕だけで振るな。腰を使え」
エドワードは立ち上がった。
「もう一度」
二回目、弾かれた。
三回目、また弾かれた。
四回目、転んだ。
それでも…レオナルドは気づいた。
打ち合いが、少しずつ長く続くようになっていく。最初は一瞬で終わっていたのに、今は数合やりとりができる。
(成長している)
五回目、エドワードが踏み込んだ。腰を使って木剣を振った。レオナルドが刀身で受けた。今日一番の手応えだったが、また弾かれた。それでも今度は転ばなかった。
レオナルドがわずかに目を細める。
「……今のは良かった」
エドワードは息を整えながら、もう一度構えた。
訓練が終わった頃、エドワードは地面に座り込んでいた。
全身が痛い、泥だらけの上に汗だくだった。両手に視線を向ける、手の皮がまた剥けていた。でも…その痛みも疲労感も悪くなかった。
「エドー!」
遠くからエドワードを呼ぶ声がして、顔を上げた。
アルシアが訓練場にむかって走ってきた。
息を切らせて、エドワードの前に立った。
「見てたわ!」
「……そうか」
「すごかった!」
「弾かれたけどな」
「でも最後は転ばなかったでしょ!」
エドワードは少し黙った。
「……転がった所見てたのか?」
「ずっと見てた」
エドワードが赤くなった頬を隠すように、手で目元を覆う。
「エド、手」
顔の前に翳された手をみて、アルシアが心配そうにつぶやく。それからエドワードの手をそっと両手で包んだ。
「痛い?」
「……平気だ」
「嘘つき!…ヒール」
白い光がじんわりと滲んだ。
皮が剥けた部分が、少しずつ塞がっていく。
エドワードは何も言わず、ただアルシアが自分の手を包んでいる温かさを感じていた。
そんな2人をレオナルドが遠くから見つめて、小さく笑った。そのまま何も言わずに訓練場を後にした。
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