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-41- 頭骨の祭壇


 エバンは宿から離れていた。もともと土地勘などない村なので、もう自分がどこにいるのかさえ分からない。ここが村の入り口付近なのか、逆に中心部に向かっているのかも定かではない。

 現在地など、気にかけていられるような状況ではなかった。

 どれほど倒しても、村人は次々と現れて彼に襲い掛かった。正常な人間とはひとりも会えず、やはりさっき思ったように、村人全員が魔物化させられている可能性が濃厚であると思え始めていた。

 

「ふっ!」


 またひとり、村人がエバンの剣に身を貫かれ、その場に倒れ込む。

 エバンによって殺されたのではない。魔物にされた時点ですでに人としては死んでいるのだから、村人を殺したのは別の何者か――彼らを魔物に変じさせた張本人だ。

 もちろんエバンには、それが誰なのかは分かるはずもない。

 斧、鉈、三又鋤、村人が持ち込む得物は様々だった。本来は人を殺傷する用途で使われるものではないが、今の彼らにはうってつけの武器なのだろう。

 しかし、エバンの前では無力だった。15歳の少年とはいえ、騎士団の副団長に序される実力を有する彼に、村人が闇雲に振り回す凶器が届くはずもない。


(くそっ、キリがないな……!)


 倒しても倒しても、数が減る気配はない。

 いつまでも相手をし続けていれば、体力が切れたところを襲われる。もしかしたら村人達も、エバンが疲弊したところを狙って襲撃するつもりなのかもしれない。

 魔物化しているとはいえ、彼らは言葉を話して仲間に指示を出していたりした。

 確実にエバンを追い詰めるために連携を取ったり、策を巡らせる。それくらいの狡猾さやずる賢さを備えていても、何ら不思議はないだろう。

 

(とにかく、留まっていては危険だな)


 襲ってきた村人を退け、エバンはまた雨の中を駆け出した。

 周囲だけではなく、足元や頭上にも気を配っていた。さっき茂みの中にトラバサミが仕掛けられているのを見ていたからだ。気づいたお陰で回避できたが、そうでなければ深手を負っていたに違いない。村人が仕掛けたのだろうが、あんな罠を用いていることからも、彼らの残虐性が窺い知れる。

 もはや、村人達にはためらいも憐れみもない。

 きっと魔物化させられた時点で、そういった人間としての感情も刈り取られたのだろう。

 

「どこに向かえば……!」


 留まっていれば危険なのは分かるが、どこに向かえばいいのか見当がつかない。かといってこのまま下手に動こうものなら、村人が大勢いる場所に飛び込んでしまうことにもなりかねない。

 ルミアーナのことが気がかりだった。

 彼女と合流できれば、単独ではなくなる。少なくとも、敵だらけのこの村にひとりでいるよりは安全であるように思えた。

 危険ではあれど、宿に戻ってみるべきか。そう思った時だった。

 エバンは、視界の端で青い閃光が炸裂するのを捉えた。それと同時に多くの村人の悲鳴と、物音。

 それらが発せられたほうを振り返り、エバンは自分が行方を案じていた少女の姿を見つけた。


「ルミアーナ!」


 雨の中でも、呼び声は届いたようだった。

 しかしルミアーナはエバンをちらりと振り返っただけで、すぐに目を逸らした。

 今の彼女は、エバンと会話していられる状況ではなかった。村人が幾人も彼女に襲い掛かり、ルミアーナは剣や杖を振りかざして応戦していた。さっきの閃光や物音は、彼女の魔法によるものだったのだ。

 加勢しに行きたかったが、できなかった。

 エバンとルミアーナのあいだには大きな木製の門があり、彼らを別々の場所に隔てていたからだ。開け方は分からず、よじ登って飛び越えることもできそうになかった。

 無事を確認できたものの、現時点では合流は不可能なようだ。


「ふっ!」


 より大きな光弾を放ち、ルミアーナはまた迫ってきた村人を蹴散らす。

 一旦襲撃の手が止まったのを見て、彼女はエバンのほうへと駆け寄ってきた。門には隙間があったので、互いの顔を見ることはできた。


「無事だったか、よかった……」


「ええ、あなたも」


 見たところ、ルミアーナが負傷している様子はない。

 今は抜けているも同然ながら、彼女はアヴァロスタでの特級魔導士だった。並外れた魔力を持つルミアーナならば、武装した村人はそれほど大きな脅威にはならなかったのかもしれない。

 

「それにしても、この村はいったい……」


「分からないが、村人全員が魔物化させられていると考えて間違いなさそうだ。まともな人間には、ひとりも会っていないよ」


 ルミアーナは何かを思い出したように「そうだ……」と呟き、ポケットを探ってエバンに何かを差し出した。門の隙間は、どうにか手を通せるくらいの幅があった。

 くしゃくしゃになった何かの紙切れのようだった。


「生存者に会ったの。短い赤毛のロヴュソール兵士……あなたの仲間でしょう?」


 ルミアーナの言葉に、エバンは息をのんで顔を上げた。

 名前を聞かなくとも、短い赤毛という外見的特徴だけで、それが誰なのかを特定することができた。ロヴュソール兵は大勢いるが、該当者はただひとりだったからだ。


「オルティス……彼はどこに? 無事なのか?」


 エバンほどではないが、まだ20代半ばほどで、騎士団の中では若い男性だった。結婚していて、妻も子もいて……エバンとも仲が良く、友人のような間柄にあったロヴュソール兵だ。

 ルミアーナは黙った。

 彼女のその反応で、エバンは薄々答えを察した。そもそも、無事であるのならば彼女と一緒に行動しているはずだった。

 そうであってくれるな……エバンは願ったが、望みは通じなかった

 沈黙したまま、ルミアーナは首を横に振った。何も言わずとも、それが何を意味するのかは分かる。


「くそっ……!」


 オルティスの最期がどのようなものだったのか、それをルミアーナに尋ねる猶予はなかった。

 

「あそこだ、いたぞ!」


 村人達が、エバンを追撃してきたのだ。彼らが持つ松明が、雨の中でも燃え盛っているのが見えた。

 それもひとりやふたりではなく、数えるのも馬鹿らしくなるほどの大軍団だった。

 このままでは、数の暴力に押し負ける。エバンは、ルミアーナから受け取った紙切れをポケットに押し込んだ。何が書かれているのかは気になったが、今はそれを確認しているような状況ではない。


「どこかで合流しましょう、私はそっちに向かう方法を探すから、とにかくここを離れて……!」


 杖を使って空を飛び、この門を飛び越える方法もあるのではと思った。しかし今は悪天候であるうえに、下手に空を飛べば魔物の的になりかねないのかもしれない。

 言葉を交わしている時間は、もうなかった。こうしているあいだにも、村人達は狂気の叫び声を上げながらエバンのほうへなだれ込んできている。


「分かった!」


 ルミアーナに頷き、エバンは駆け出した。

 村人の大軍団はさらに人数を増し、エバンはたちまち距離を縮められていった。ここに来るまでに、エバンはすでにかなりの体力を使っていた。いつまでも逃げてはいられそうになかった。

 このままでは追いつかれる、ならば戦うしかない。

 あの人数を相手にするのは無謀に等しかった、こうなればオプスキュリアの力を使ってでも――そう思った時だった。

 突如、積み上げられていた丸太を蹴散らしながら、一頭の馬が姿を現した。


「ブルックス……!?」


 そう、エバンにはもうひとり……正確にはもう一頭、仲間がいたのだ。宿の厩舎に預けていたはずの彼だが、脱走してエバンを探しにきたのだろう。

 村人達の注意が、エバンからブルックスに向く。

 物騒な得物で武装した村人達を前にしても、ブルックスはまったく怯まなかった。それどころか、彼は勇猛果敢に疾走して数人の村人を突き飛ばし、一目散にエバンのもとへと駆け寄ってきた。

 ブルックスは、雨音をかき消すほどの勇ましい鳴き声を発する。

 ――乗れ!

 そう言われたように感じたエバンは、すれ違いざまにブルックスの背中へと飛び乗った。


「恩に着る……それにしても、助けられるのは何度目だ?」


 エバンは、ブルックスを称賛した。彼の有能さにはやはり、目を見張るものがあった。

 馬の足に村人達が追いつけるはずもなく、ぐんぐん離れていく。

 途中にはまたトラバサミが仕掛けられていたが、ブルックスがそれに引っ掛かることはなかった。危険物であることを理解し、避けて走っているのだ。

 ブルックスのお陰で、村人達を振り切ることに成功した。

 このまま、ルミアーナを探しに行くべきか……そう思った時、突如背後から爆発音が響いた。


「っ!」


 振り向いた時には、崩れ落ちた瓦礫で道が塞がっていた。

 そこは両脇に山がある道で、村から外れた場所に位置しているようだ。木々の向こうに、捨て台詞を吐きながら去っていく村人の姿が見えた。


「ざまあみろ、ここで死ね!」


 彼らが、爆薬か何かを仕掛けたのだろう。


(退路を断たれたか、この先に進むしかないな)


 瓦礫はかなりの高さに積み上がっており、ブルックスでも飛び越えるのは難しそうだった。

 戻れなくなった今、エバンの選択肢は先に進むことだけだった。この瓦礫の先には村人達が待ち伏せている可能性が高く、無理に戻ろうとすれば返り討ちに遭う危険が高かった。

 その時ふと、エバンは道の脇に設置された何かを目に留めた。


「ブルックス、ちょっと待ってくれ」


 ブルックスの背から降りて、エバンはそれを調べに向かう。

 石で作られた、簡素で粗末な何かの祭壇……いつから置いてあるのか、魚の死骸や枯れた花、それにボロボロのぬいぐるみや、ガラクタ同然のオモチャのような物品が供えられている。

 それよりも何よりも、エバンが気になったのは中心に置かれた数個の頭骨だった。

 魚の放つ生臭さに鼻を覆いつつ、エバンは祭壇の前にしゃがんで、間近で観察してみる。

 動物の頭骨ではない。形状から見るに、正真正銘人間の頭蓋骨だった。戦場で人間の白骨死体を目にすることもあったエバンには、それが分かった。


(小さいな……これは、赤ん坊の頭骨か?)


 この祭壇は、村人が作ったのだろうか。

 しかし、どういう理由で? どういった意図があって?

 エバンには何も分からない。分からないが、どうにも不吉で不気味で、嫌な感じがして……エバンは唾を飲み込んだ。

 病死した赤ん坊を弔うための祭壇だろうか? エバンは、そう仮説を立てた。それぐらいしか、赤ん坊の頭骨を置いた祭壇を作る理由は思い浮かばなかった。

 顔を上げて、周囲を見渡す。

 降り続ける雨の中、道の先にある景色が見えた。


「あれは……湖か?」






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