-35- ENEMY RAID 屍喰らいの魔鳥・ジャギラス
エバンとルミアーナに気づいた時点で、魔物はふたりに標的を定めたようだ。
その足元には、喰いかけの死骸が転がったままだった。無残に喰い荒らされたせいで、もはや何の魔物の死骸なのかも判別できない。
死肉よりも、新鮮な獲物のほうが好ましいのだろう。不意に現れたエバンとルミアーナは、予期せぬ馳走だったに違いない。
狂喜するような鳴き声を響かせたと思うと、大きな鳥の姿をしたその魔物、『ジャギラス』は巨大な翼を広げた。
直後、エバンとルミアーナに目掛けて一直線に突っ込んできた。
「伏せろ!」
エバンは叫び、同時に自身も姿勢を低めた。
頭上をジャギラスが通過していくのを感じる。巻き起こされた風圧で、髪や衣服が空を泳ぐのが分かった。
攻撃を回避したあとで、エバンはルミアーナを振り返った。指示に従って同じように姿勢を低めていた彼女も、ジャギラスの突進を回避できたようだ。
しかし、安心はできない。
巨大な翼を有するジャギラスは、それに見合う制空能力を備えていた。
空中で方向転換し、けたたましい鳴き声を上げながら、再びエバンとルミアーナに向けて迫ってきた。
魔物は執拗だった。その様子を見れば、現れたエバンとルミアーナを捕食対象としているのは明らかであり、ふたりを捕らえて喰らうつもりに違いなかった。
そうなれば、エバンとルミアーナがあの魔物の死骸のようになる。ジャギラスの鋭利な嘴で何度も突き刺され、眼球も肉も内蔵も引き剥がされ、骨を砕かれて根こそぎ喰らわれることになるだろう。
しかし当然、エバンは餌になってやる気など微塵もなかった。
「喰われてやると思うなよ!」
すでにブルックスの荷物から剣を手に取っていたエバンは、鞘から引き抜いてそれを構えた。今度は回避ではなく、ジャギラスを迎撃するつもりだった。
「援護する……!」
エバンの後方から、ルミアーナは杖を振り抜いて青い光弾を放った。
光弾を放つのは、魔法を扱う者達のあいだでは初歩といえる攻撃手段であり、習得難易度も最底辺に位置する。とはいえ、熟練の魔法使いが繰り出せば殺傷能力は十分であり、さほど魔力を消費せず、また複雑な詠唱などを必要としないので、不意の状況においてもすぐさま繰り出せるという利点が存在した。
狙いは的確だった。
ルミアーナが放った光弾は、彼女やエバンに迫っていたジャギラス目掛けて一直線に飛んでいった。
しかし、命中はしなかった。
迎撃を繰り出されたことに反応したジャギラスが、空中で勢いよく旋回して光弾を回避したのだ。制空能力だけでなく、あの魔物は攻撃に対応する知能も持ち合わせていた。
ルミアーナの光弾は目標を失い、空の彼方へと飛び去っていく。
だが、無駄にはならなかった。
光弾を回避するために旋回したことで、ジャギラスの勢いが殺された。すぐさま体勢を立て直して再度襲ってきたのだが、さっきまでの速度は出せていなかった。
そのおかげで、エバンはジャギラスの動きを見切ることができた。
「ふっ!」
間近まで距離を詰めてくるのを見計らい、エバンは全身の力を込めて剣を突き出した。
その迎撃の方向も頃合いも的確で、ジャギラスは自ら剣に身を突き刺す形となった。肉を裂き、骨が削れる感触が、エバンには伝わってきた。
串刺しになったジャギラスは、苦悶の叫びを上げながら激しくもがいた。鮮血や羽が、周囲に飛散する。
特段魔力が強いわけでもないジャギラスであれば、腹部を刺し貫かれれば致命傷は免れない。
エバンは剣を振り、瀕死のジャギラスを地面へと投げ飛ばした。
叩き落とされてからも、少しのあいだジャギラスは叫び、もがき苦しみ続けていた。だがその命はすぐに消え去り、完全に動かなくなった。
死体と化した魔物を中心に、鮮血が辺りに広がっていく。
エバンは、ジャギラスが絶命間際に何かを吐き出したのに気づいた。
「これは……」
胸騒ぎがしたエバンは、それに歩み寄って調べてみた。
ジャギラスの血液に塗れていたが、光を鈍く反射しているそれは、どうやら何かの金属片のようだ。欠けてしまってはいるものの、何かの装飾が描かれているのが分かる。
その模様に見覚えがあったエバンは、剣の先で金属片をつついて転がし、詳細に観察してみた。ほどなくして、それが何の模様なのかに気づき、彼は息をのむ。
「どうしたの?」
エバンの隣に歩み出てきたルミアーナが、問うてくる。しかしエバンは、彼女のほうを向くことはなかった。
「これは、ロヴュソール兵士の鎧の残骸だ……」
気づいてしまった重大な事実に、エバンは自身の頬に汗が伝い落ちるのが分かる。
薔薇を象ったロヴュソールの紋章は幾度も見てきている。たとえ断片的であるとはいえ、分からないはずはなかった。
鳥の魔物の胃袋の中に、ロヴュソール騎士の鎧の残骸が入っていた――意図的に飲み込んだのか、あるいは光る物を集めようとして誤飲したのかは定かではない。
いずれにせよ、ロヴュソール騎士が鎧を剥がされるような事態に遭遇した可能性を考えるには十分だった。このジャギラスがエバンの仲間を襲って殺した、そうであるかもしれないのだ。
アズル村に出立したまま、ひとりも戻らないロヴュソール兵士。その兵士が装備していたであろう鎧の残骸を飲み込んでいた魔物――無関係ではないだろう。
「それじゃ、あなたの仲間達は……」
ルミアーナは、それ以上は言わなかった。言わなかったが、彼女もエバンと同じ仮説を頭の中で立てているのは想像に難くない。
「まだそうと決まったわけじゃない。でも、先を急がないと……!」
そこで、エバンは言葉を止めた。止めさせられた。
ルミアーナの背後から、彼女目掛けてジャギラスが飛び迫っているのに気づいたからだ。
「危ない!」
エバンが叫んだ直後、ルミアーナは振り返る。しかし、回避も防御も間に合わなかった。
ジャギラスの突進を受けたルミアーナは、かすかな悲鳴を上げつつ倒れ込んだ。その身を地面に転がしたあとで、彼女はうつ伏せの体勢で動かなくなった。
下ろしていた剣を、エバンは再び構えた。
エバンによって串刺しにされたジャギラスは、間違いなく亡骸となって転がっていた。ルミアーナに襲い掛かったのは、別個体だったのだ。
新手のジャギラスは、その一体だけではなかった。
他にも数匹のジャギラスがいつのまにか空を回遊し、エバン達に狙いを定めていた。けたたましい鳴き声が、合唱のように響き渡っている。
「鳴き声を聞きつけたのか……!」
仕留めた最初の一体を睨みながら、エバンは呟いた。
突き刺された時、このジャギラスはもがき苦しみながら叫び声を上げていた。単なる断末魔かと思っていたが、仲間を呼び寄せる効果があったらしい。
すぐに、この場を離れるべきだった。エバンはそう思ったが、もはや手遅れだった。
今から逃げようとしたところで、この数のジャギラス達を振り切れるとは思えない。それに、ルミアーナを見捨てて逃げるわけにはいかなかった。
ジャギラス達を注視しつつ、エバンはルミアーナを瞥見した。
うつ伏せに倒れ伏した彼女は、わずかも身動きすることはなかった。すぐにでも駆け寄って助け起こしたかったが、今はそれが許される状況ではない。
「ブルックス、ルミアーナを守れ!」
エバンの指示を受けたブルックスが、ルミアーナの近くへと移動した。行動不能になっている彼女は、誰かが守らなければならない。エバンはその役割を、ブルックスへと託したのだ。
集まってきたジャギラスは、およそ七体ほどだった。
剣による突きで倒せる程度とはいえ、相手は群れた魔物だ。圧倒的不利な状況であることに、疑いの余地はない。
ジャギラスの鳴き声が絶え間なく響く中、エバンは剣を構えながら、まばたきもせずに前後左右に視線を巡らせ続けた。




