-24- 奈落の花園
「うっ、ぐっ……!」
意識を取り戻したルミアーナは、背中と後頭部に鈍い痛みを感じた。
気を失うまでの出来事を辿り、すぐに思い出した。追撃してきたアロスティーネに捕らわれ、身が砕けそうになるほどに締め上げられ、そして落とされた。
頭部を打ち付けた拍子に、ほんの一瞬ではあるが気を失ったらしい。しかし、どうにか無事で済んだようだった。
地面に手で触れてみると、何やら柔らかいものがあった。
しかし、それが何なのかは分からない。明かりに乏しいこの場所はとても薄暗く、周囲がほとんど見えなかったのだ。
(そうか、杖を……)
魔法で明かりを灯そうと考えたルミアーナは、自分の手元に杖が無いことを思い出した。
アロスティーネに捕まった時、彼女は杖を取り落してしまった。杖は遥か彼方に落下していってしまい、すでに失われていたのだ。
魔女にとっては命とも言うべき、最大の武器を失ってしまった――しかし、丸腰ではなかった。ルミアーナにはもうひとつ、その身に帯びている武器がある。
腰のベルトに横向きに括り付けた、剣だ。
金属音を鳴り渡らせながら、ルミアーナは剣を鞘から引き抜いた。
手をかざして、刃に淡い白色の光を宿す。刃には金属の他に魔力を宿す水晶が素材として使われており、この剣もまた、ルミアーナの魔力に感応できる武器となっていた。
薄暗かった周囲が照らし出される、そして。
――ルミアーナの足元に転がっていた、無数の死体が浮かび上がった。
「っ……!」
思わず息をのんだ。
ルミアーナがほぼ無傷でこの場に落下できたのは、どうやらこの無数の死体が衝撃を吸収してくれたからのようだ。
気絶から目覚めたばかりの時は気づかなかったが、強い腐臭が漂っていた。どうやら、死後数日が経過しているらしい――。
「ミリアンナ、ディエラ、アリンダ……!」
光を帯びた剣を松明のように掲げ、ルミアーナは死体の顔を確認していく。
服装やブローチから見て、どれもこの学院で学んでいた魔女達だ。ルミアーナの友人だった者も少なくなかった。
どの少女達もカッと目を見開き、苦悶の表情を顔に刻みながら絶命していた。まるでゴミのように打ち捨てられた彼女達を見ていて、心臓が鼓動を速め、吐き気が込み上がるのをルミアーナは感じた。
その時だった。
「うっ……う……」
どこかからか発せられた声に、ルミアーナは振り向いた。
死体の中に混ざって、ひとりの魔女がわずかに身動きしていた。
生き残りがいる! そう気づいたルミアーナは、急いで彼女の元へと駆け寄った。
「ザンディア!」
近くでその顔を照らし、すぐに気づいた。
うず高く積み重ねられた死体の山で、現状唯一の生存者だったその少女は、ルミアーナの友人である『ザンディア』という魔女だった。
ザンディアは、朦朧とした眼差しでルミアーナを見つめてきた。光を帯びた剣を一旦置き、ルミアーナは彼女を両手で助け起こした。
「ルミ、アーナ……」
息も絶え絶えな中、ザンディアはルミアーナの名を呼んだ。
ザンディアの身に目立った外傷は見受けられなかったが、その様子からかなり衰弱しているのが分かった。
「どうしたの、何があったの……?」
ザンディアは咳き込んだあとで、苦しそうに表情を歪めつつ口を開いた。
「魔族の配下になるのを拒んだ魔女が……皆ここに連れて来られて、捨てられたの……バルバーラ達に捕らえられて……!」
「拒んだ……?」
それだけの情報ではあったが、ルミアーナの頭の中で真相を組み上げる材料としては十分だった。
バルバーラだけではなく、特級魔導士達や、他にも多くの魔女達が魔族に下ることを選んだ。しかし、全員ではなかった。ルミアーナと同じように、バルバーラに従わなかった者もいたのだ。
だが、それはバルバーラにとっては裏切りであり、反逆であり、謀反だった。死罪に相当する行為だったのだ。
「ここは、何なの……?」
ルミアーナは問いを重ねた。
ここが魔女達の処刑場であるのなら、彼女達を死に至らしめた存在がいるはずだった。
「『奈落の花園』……バルバーラはそう呼んでた……皆、あの化け物の花に、『ゼノフィリウム』に殺された……!」
奈落の花園? ゼノフィリウム?
ルミアーナが聞き慣れないそれらの言葉を繰り返そうとした瞬間だった、不意に後方から物音が聞こえた。
それはまるで、鞭を勢いよく振り抜くかのような風切り音。危険を感じたルミアーナは、とっさに置いていた剣を拾い上げた。
しかし、振り返る猶予は与えられなかった。
背中に強い衝撃を感じたと思った次の瞬間、ルミアーナは自分の身が大きく跳ね飛ばされるのを感じた。
「がはっ!」
床を転げながらも、どうにか剣を手放さずにいられた。
痛みに悶えつつも立ち上がり、ルミアーナは剣を掲げて前方を照らし出した。
そしてすぐに、前方にいる異形なる存在を目の当たりにした。
積み上げられた魔女達の屍、それらに根を張り巡らせた巨大な花。まるで血を吸い上げたように真紅の花弁や、グネグネと不気味に蠢く、巨大で太い蔓が見えた。
(何なの、これ……!)
そう思ったルミアーナは、すぐにザンディアの言葉を思い出した。
――化け物の花、『ゼノフィリウム』。
あれこそが、ここに連れて来られた魔女達の命を奪った魔物だ。この場所が『奈落の花園』と呼ばれていたのも、今となっては合点がいく。
花弁が金切り声のような奇声を上げたと思った瞬間、ゼノフィリウムの蔓がザンディア目掛けて伸ばされた。その先端が、まるで刃物のように鋭利に尖っているのが見えた。
「っ、危ない!」
ルミアーナは叫んだ。しかし、衰弱しているザンディアは逃げるどころか、立ち上がることすらできない。
まだ命があるザンディアを狙いすましたかのように、鋭利な蔓の先が彼女の身を貫いた。肉を切り裂くような鈍い音が響き、ルミアーナは思わず目をつぶって視線を逸らした。
「いぎっ! あ……」
苦悶の声が響く。その直後に、ドサリと倒れ込む音。
ルミアーナが目を開けた時には、もうザンディアは絶命していた。彼女が握っていた、緑色の水晶が先端に取り付けられた杖がその手を離れ、虚しく転がりゆく。
またひとり、親しかった友が目の前で殺された。虚空に目を見開いて絶命するザンディア、それを目の当たりにしたルミアーナは、絶望と悲しみで心を塗り潰されそうになった。
だが、彼女には悲しんでいる暇も、涙を流す猶予も与えられなかった。
ゼノフィリウムがその巨大な花弁をルミアーナに向け、金切り声を発していた。
新たな獲物の到来に歓喜しているように見えた。ザンディアが殺害された今、次の捕食対象はルミアーナなのだ。どうやら、あの巨大な花の魔物は生者の命か、あるいはその魔力を餌としているらしい。
何本も伸びた蔓が、グネグネと動き続けていた。
魔女達はきっと、あの蔓に絡み取られたか、あるいはザンディアのように貫かれて殺害されたのだろう。これほどの人数を葬るほどの魔物となれば、一筋縄ではいかないことは容易に想像がついた。
「はあ、はあ……!」
だが、ルミアーナは引き下がるつもりも、黙って餌となる気もなかった。
光を放っている剣を手に、彼女は立ち上がってゼノフィリウムを見据えた。ルミアーナは今、杖という最大の武器を失っている。手持ちの得物が剣だけであっても、戦いつもりだった。
バルバーラやアロスティーネ、他の特級魔導士達、それに殺されていった魔女達のことを思えば、ここで餌になるわけにはいかなかったのだ。
ルミアーナは魔女だった。
しかし、剣を構える彼女の姿は剣士のように精悍としており、男に負けないほどに勇ましかった。
「簡単に餌にありつけると思わないで……!」




