-25- BOSS RAID 屍に根差す妖花・ゼノフィリウム
野に咲く花は美しく可愛らしく、時に妖艶さも備えるもの。
しかし、今ルミアーナが目の前にしている魔物の花――ゼノフィリウムは、美しさや可愛らしさや、妖艶さの縁の欠片もない。積み上げられた屍の山に縦横無尽に根を張り巡らせ、大量の血を吸い上げたかのような真っ赤な花弁を有する巨大な花。グネグネと蔓を蠢かせるそれは不気味でおぞましく、化け物としか言いようのない姿をしていた。
いや、その性質を考えれば、『化け物』と称することすら生易しいだろう。
あれはまさに、屍に根差す妖花。人の命を喰らって開くおぞましい花だ。
その魔手、何本もの蔓がルミアーナに向けて伸ばされた。彼女が有する魔力を嗅ぎつけ、引き寄せられているのかもしれない。
「っ!」
光を放つ剣を構え、ルミアーナはまばたきもせず、迫ってくる蔓の軌道を読み取った。
狙いが自分である以上、必ず近づいてくると確信していたので、見切るのはさほど難しくはなかった。
「やあっ!」
勇ましい声を発しながら、ルミアーナは剣を振って蔓を斬り捨てた。
薄暗い花園に、彼女の剣が放つ光が炸裂する。切断された蔓はトカゲの尻尾のごとく、落下したあとも不気味に蠢いていたが、すぐに完全に動きを止めた。
蔓は執拗に伸ばされた。しかし、ルミアーナは次々と迫るそれを見事な剣裁きで斬り続け、触れることすら許さなかった。剣士であると言われれば、おそらく誰もが信じるほどの腕前だった。
しかし、このままでは終わりそうになかった。
切断されたゼノフィリウムの蔓は、断面からすぐに再生されて元通りになった。何度切断してもすぐに生え変わり、再びルミアーナに襲い掛かってきた。
(大量の魔力を吸い上げて、驚異的な再生能力を得ているんだわ……!)
あれだけの魔女の屍を餌にしているのだ、膨大な魔力を吸収しているに違いなかった。
蔓はすぐに再生してしまう、ならばどうすればいいのか。その答えはすぐに分かった、元凶、つまりあの巨大な真紅の花を叩けばいいのだ。
だが、それが容易ではないのは考えるまでもない。
蔓による攻撃を搔い潜りながら、本体まで接近しなくてはならない。そんなことが可能であるのなら、ここで犠牲になった魔女達がとっくにやっているだろう。
「うっ!」
右足首に何かが絡みつくのを感じた次の瞬間、ルミアーナの身はその場に引き倒された。
彼女が手にしていた剣が取り落とされ、金属音を響かせながら床に落ちる。
迫りくる蔓に注視しすぎるあまり、足元への注意が散漫になっていた。ルミアーナの不意を突いて低い位置から伸ばされていた蔓が、彼女の右足首を捕らえた。
隙を突く狡猾な手段だった。餌を捕らえることしか能がないのかとも思ったが、あの花の魔物は原始的な知能を持ち合わせているのかもしれない。
「ぐっ、この……!」
引き寄せられそうになるが、ルミアーナは自分のそばに窪みがあることに気づき、そこに手を掛けて持ち堪えた。
右足首に絡みついた蔓を何度も蹴飛ばしたり、足を振り回したりして振りほどこうとする。しかし、がっちりと巻きついたそれは、いくら足掻いてもまったく離れる気配がない。
手を伸ばせば届きそうな位置に、取り落とした剣が落ちていた。
だが、拾いに向かうことはできなかった。別の蔓が鋭利な先端をルミアーナに向け、迫ってきたのだ。追撃を悟ったルミアーナは、武器の回収を断念した。
「あああっ!」
武器を取り戻すのも大事だったが、今は攻撃をしのぐことが優先だった。
そうしなければルミアーナも、ザンディアのようにあの蔓の餌食となり、そして屍の山の仲間入りとなるだろう。
当初、ルミアーナは窪みに右手を掛けていた。しかしそれを左手に切り替え、再度右手に替え――それを繰り返しつつ身をよじり、翻した。一瞬でも両手を窪みから離してしまえば、たちまち体を引き寄せられてしまいそうだったのだ。そうなれば蔓の攻撃に間近で晒されることになり、一巻の終わりだった。
決死の回避が功を奏し、ルミアーナが蔓によって貫かれることはなかった。目標を失った蔓は、その鋭利な先端でルミアーナのマントや、地面を刺し貫くのみだった。
いつまでも回避に徹している気はなかった。チャンスを見計らい、ルミアーナは剣を掴み取った。寝そべった体勢のまま足首に絡みついた蔓を切り裂き、即座に立ち上がってその場から飛び退く。
蔓の攻撃が一旦、止まった。
これまでの魔女達とは違い、一筋縄ではいかない相手であると、あの花の魔物も感じ取ったのかもしれない。
(どうすれば……!)
足首に絡みついたままだった蔓の残骸を、乱暴に撥ね退けた。
肩を上下させて呼吸を弾ませながら、思案を巡らせる。決して戦意を喪失したわけではなかったが、打つ手が見当たらないのが現状だった。
手元に杖があれば他に手段もあったのかもしれないが、アロスティーネに捕まった際に取り落とし、失っている。現時点で、ルミアーナが持っている武器は剣のみだった。
剣でどうにかこの場を切り抜けるか、あるいは餌となるか。二択しかないのだ。
(あの蔓に攻撃しても無駄だわ。だったら、本体を叩かなければ勝ち目はない……!)
頭では分かっているものの、それは容易なことではない。
あの魔物の本体は恐らく、中央に位置するあの真紅の花の部分だった。そこに接近するには、幾本も伸びた蔓の攻撃を搔い潜る必要があった。蔓の動きをすべて見切り、あそこまで距離を詰める。それはきっと、熟練の剣士であっても容易ではないに違いなかった。
だが、できなければあの魔物は倒せない。
(杖さえあれば……!)
なおも迫ってくる蔓を剣で蹴散らしながら、ルミアーナは歯を噛み締めた。
もし杖があれば、余裕とはならずとも戦いの選択肢は増えていただろう。アロスティーネに捕まった際に取り落としてしまったことが悔やまれた。いや、仮にあの場で落としていなくとも、抵抗する手段を奪うために杖は取り上げるつもりだったかもしれない。
蔓の攻撃の勢いが弱まった瞬間に、ルミアーナはこの場を見渡してみた。見込みは薄かったが、何か役に立つ物が落ちてはいないかと思ったのだ。
奈落の花園と呼ばれ、ゼノフィリウムの餌場とも言うべきこんな場所に、武器になり得る物品などありはしない――と思ったが、
(っ、あれは……!)
視界に入ったそれに、ルミアーナは思わず目を見開いた。
ザンディアが息絶えた際に彼女の手を離れ、地面に転がり落ちた彼女の杖だ。
ルミアーナが得物としていたそれと同じく、銀色の柄に申し分程度の装飾品が施された杖――しかし、決定的に違う点があった。先端に取り付けられた水晶が、緑色だったのだ。
魔女が扱う杖は、用意された柄の先端に自分で採ってきた水晶を取り付けることで作り出される。魔力の媒体となる水晶は、初めて自らを採掘した魔女にしか従わず、使いこなせない。
だから、ザンディアの杖をルミアーナが手にしたとしても役に立たないはずだ。他人の杖は使えない、それは魔女達のあいだでは常識とされていることなので、当然ながら、ルミアーナもそれを理解していた。
理解していたが、それでも可能性はゼロではないと感じられた。
ここで死んでいった魔女達の杖は、すべて柄が折られたり水晶を外されたり、ないしは砕かれたりして使用不能な状態にされていた。きっと、抵抗する手段を封じるためにゼノフィリウムによって破壊されたのだろう。
そんな中で、唯一無事な状態で残されたザンディアの杖。友が愛用した遺品。
運命のようなものを感じたルミアーナは、一目散に杖目指して駆け始めた。
ゼノフィリウムは、彼女の狙いに感づいたようだった。再び蔓を伸ばし、ルミアーナの行く手を遮ろうとしてくる。
ルミアーナは再度、剣を振るって迫りくる蔓を蹴散らし続けた。一片の希望を得た今、彼女の剣裁きはより鋭く、迷いのないものとなっていた。
そしてついに、彼女はザンディアの杖を拾い上げた。
「ザンディア、あなたの杖を借りるわね……!」
すぐそばに、この杖の持ち主が横たわっていた。
ザンディアはすでに命を失っており、もう自分の声は届かない、何度呼び掛けようと返事はないと分かっていた。それでも、魔女にとって生命線といえる杖を借り受ける以上、一言告げるのが礼儀だとルミアーナは判断した。
それは、敵討ちの誓いでもあった。
ザンディアの杖を右手に持ち替え、剣を左手に携え、ルミアーナは再びゼノフィリウムに向き直った。
幾人もの魔女の命を喰らった化け物、屍に根差す妖花に、再び真っ向から戦いを挑む。
その覚悟は、すでにできていた。




