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四十 橋爪久郎の帰還

 週が明けた次の月曜日、妻崎は普通に学校へ向かう駅にやってきた。


「いやあ、はは、なんか大変なことになっちゃってたみたいだねえ」


 誘拐されたというのにあっけらかんと笑う妻崎と合流して、俺はいつもの時刻の電車に揺られながら学校へ向かう。


 あの夜の出来事が夢だったかのように、穏やかな朝だった。


 様子を見る限り、妻崎に目立った怪我はないようだった。

 心の方も心配したのだが、当の本人は発見されるまで気を失っていてほとんど何も覚えていないのだという。


 それが俺を安心させるための嘘ではないことを願うしかない。


「と、いうよりさあ。久郎こそ大丈夫だったわけ? ほら、めちゃめちゃ吹っ飛ばされてたじゃん」

「……大変、だったよ。本当に」


 額と頬に大きなガーゼを貼り付けて、制服の下は湿布と包帯まみれ。

 二日経っても俺の体にはオーガとエニグマを連続で相手した傷が残っている。


 今回は流石に魔力を使った瞑想でもすぐ完治とはいかなかった。

 何も知らない人間からすれば、妻崎より俺の方がよっぽど被害者じみているだろう。


 家をこっそり抜け出したことも姉ちゃんにしっかりバレていて、母さんと代わりがわり尋常ではないほどキレられたからな。

 正直、怪我よりもそっちの方がしんどかったとすら思わないでもない。


 それでも、良かった。

 こうして橋爪久郎としての日常はどうにか戻ってきたから。

 大切な人間は取り戻せた。

 たくさんの人の何でもない日常も守ることができた。


 朝の電車の緩んだ空気を吸い込みながら、俺はふと思い出す。


「そういえば、妻崎。お前、あの時、何か言いかけてなかったか?」


 妻崎は青いパーカーの男に攫われる直前、ただならぬ様子で俺に何か伝えようとしていた。

 あれは、何だったのか。


「あー、あれか。うーん、そうだねえ。まあ、言うのは、今じゃなくていいかな」

「いいのか?」

「いいの!」


 気まずそうに視線を泳がせた妻崎が、俺の追及に少し怒ったような声をあげる。

 なんでだ。


 しかし、本人がいいというなら、俺が食い下がるのも変な話だ。

 妻崎が改めて、今だ、と思う時を待つことにしよう。


 俺も、妻崎も黙ったままの時間が数十秒ほど続いて。


「妻崎」

「んん?」

「俺、部活に入ることにしたよ」


 この休みの間に考えて、決めたことを口にした。


「マジ? 何部に入るの?」

「…………何部なんだろう? 忘れた」

「えええ、何それ? あんた、大丈夫なの?」


 首をひねった俺に、妻崎が呆れたように息を吐く。

 大丈夫かと言われれば微妙なところだ。その部活のメンバーも、活動内容もまともじゃない。

 これから危険が伴うこともあるだろう。


 それでもだ。


「ああ。多分、大丈夫だ」


 俺は妻崎に頷き返す。

 もう決めたことだったから。


 この世界に戻ってきて半年と少し。自分がどんな奴なのかとか、変わってしまったとか、ごちゃごちゃ悩んでいても仕方ないことがよく分かったから。


 俺は、俺のままで。

 橋爪久郎として。


 そして、もう一人の誰かとして。


「やりたいことが、見つかったからな」


 それだけは、自信を持って言えるんだ。


「いやいや、だったら部活の名前ぐらい覚えなよ」


 一人で勝手に満足する俺を見て、妻崎は楽しそうに笑っていた。

 こうして日常も、非日常も続いていきます。

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