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三十七 折れない夜の爪

『久郎くん、ねえ、お願いだから、返事してよぉ』

「…………呼んだか。いろは」

『……っ! 久郎くん!』


 無線の向こうで息を呑む音が聞こえた。

 よっぽど焦ってたらしいな。


 まあ、無理もない。

 流石の俺も、死ぬかと思っていたんだから。


「ふっ、うっ、ぐうぉおおおおおおおっ!」


 不幸中の幸いだろう。

 体の上に大きな瓦礫は乗っかっていなかった。

 俺は唸りながら身を捻って、仰向けの姿勢になる。

 穴の開いた腹が痛みを訴えてきたが、さっきほどじゃない。

 多分、出血も落ち着いているだろう。


『久郎くん、大丈夫なの?』

「……いや、駄目そうだ。お前から、家族に俺の最後の言葉を伝えてくれるか」

『そんな! ヤダよお! 死んじゃダメ、頑張ってよ!』

「冗談だ。かなりしんどいが、まだ死ぬことはないと思う」

『ふああっ! な、なにそれぇっ! 何でそんな嘘つくのぉ!』

「これまで散々からかわれてきた仕返しだ。ざまあみろ」

『最低! ほんと信じらんない! ぜんっぜん笑えないからね!』


 いや、俺もお前にからかわれて笑ったことないけどな。


 きーきー騒ぎ出した無線は一旦意識の外に追いやって、俺は天井にぽっかりと開いた穴を見つめた。


 夜の空が見える。

 さっきまではなかった、黒い暗雲に覆われた空だ。

 時折光っているのは稲光だろうか。


 間違いなく、あいつの、エニグマとかいう魔族のせいなんだろう。

 あいつは今、こっちの世界で力を取り戻して、暴れだそうとしている。

 それを今から、止めなきゃならない。

 俺は目を閉じて、息を吐く。


 そのためにはまず、この腹の傷をなんとかしなきゃな。


『とにかく! 久郎くんはそこでじっとしてて! 今そっちにワン子を……』

「そうも言ってられないだろ。あいつを止められる可能性があるなら、俺は、動かなきゃな」


 本来の力を取り戻したと言っていたエニグマの言葉が事実なら、この町には今、魔力の元となる負のエネルギーが満ちていることになる。

 危険な状態だ。放っておけばとんでもないことになる。


 だけど、裏を返せば勝ち筋もそこにあるんだ。


『無茶だよお! 久郎くん、刺されたんでしょ! それに相手はそんな大きな建物の屋根を吹き飛ばしちゃうような奴なんだよ! 今度こそ、殺されちゃうよ!』

「はは……ところがどっこい、こういうのは初めてじゃないんだよ」


 腹に穴が開くのも、魔族と一対一で戦うのも、実は経験済みだ。

 今、俺が生きているという事は、乗り越えられたという何よりの証拠。


 まあ、どちらも同時に味わっている点が、違いはするけれど。

 なんとかしなきゃ、ならないだろう。


『どうするつもりなの、久郎くん』

「傷は魔法を使って自分で塞ぐ。あいつの倒し方は、正直、ぶっつけだ。なるようにしかならない」


 オーガを倒す時に、俺は自分の魔力を使い切ってしまった。

 だが、今なら、それもなんとかなる。


 エニグマが力を取り戻せたという事は、俺だって向こうの世界と同じように戦えるはず。

 リファさんに教わった回復魔法で、応急処置をすればまた立ち上がれるんだ。


「さあ、行くぞ」


 俺は腰元の、向こうの世界から持ち帰ったナイフに手を伸ばす。

 こいつの力を使う時が来た。

 深く息を吐いて、柄を握る右手に力を込める。

 思い出せ。

 追い詰められたここからが勝負だ。


 あいつを止める。

 そのための覚悟を決めて、気合を入れろ!

 久郎は、強いのですが無敵ではありません。

 特に、これまでは全力を出せなかったのもあって、苦戦ばかりでした。


 ポケモンでいうところの、捕まえたいモンスターを相手している時に近いでしょうか。

 本気を出せばあっという間に倒せるのに、それをしてはいけない。

 そういう縛りの中で戦わざるを得なかったのです。

 でも、次の相手に遠慮はいらないですね。

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