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三十二 侵入

 ショッピングモールの中は、たくさんの人が行きかっていた頃の面影を残しながら、廃墟と化していた。


 電気が通っていないはずなので、明かりがほとんどないのはもちろんのこと。

 いくら俺の夜目が普通の人間より利くと言っても、限界がある。

 窓から離れた場所は暗すぎて何があるのかもわからない。


「…………流石に、暗いな」

『ほいほい、任せてね』

「!」


 ぼそりと呟いた途端、無線にいろはからの通信が入ったと思ったら、スーツの外套が淡い紫色に光り出した。

 黒い布地のところどころに細い光のラインが走り、俺を中心とした位置から数メートルほどの範囲が円形に照らされる。


「梶さん、明かりを仕込んでくれたのはありがたいんですけど、この色はちょっと……」

『あ! またすぐそういうこと言う! 私とおそろいがそんなに嫌なのお?』

「嫌なんだよ。どうでもいいことで茶化してくるところとか、特にな」

『ぶー、さっきワン子はいい感じにたらしこんでたくせにい。なんで私にだけ冷たいのさあ』

「そうやってたらしこむ、とか言うからに決まってんだろ」


 現在進行形で自分の身の危険も顧みず戦ってくれている犬走に失礼だろうが。


 俺はしつこくぶうぶうごちゃごちゃ言っているいろはからの通信を無視して、改めて周囲の様子に目を凝らす。

 光の色は少しばかり残念だが、視界を確保する分には問題なく使えそうだ。


「長いこと、人の手が入ってないのは間違いないみたいだな」


 薄っすらと全体的に埃の積もった床、古いキャンペーンポスターが残されたままの壁、シャッターが下ろされたまま店のロゴだけが残っているテナント跡。

 時間の流れから切り離されてしまった物悲しい残骸たちが、紫色の光に照らされていた。


 だが今は昔を懐かしんだり、感傷に浸ったりしている場合じゃない。

 このだだっ広いモールの中で妻崎が捕らえられている場所を見つけ出さなくてはならないのだ。


「妻崎! どこだ!」


 とりあえず声を張り上げて呼んでみたが、耳を澄ませても返事はなかった。


 叫びながら店内を駆け回るという手もありはするのだが、時間がどれだけかかるかわからないし、どこかに潜んでいるはずのオーガに俺の位置を教えることになってしまう。

 それはあまり賢い選択じゃないだろう。


「仕方ない。魔力を使って探るか」


 オーガと戦う時のために切り札は残しておきたかったが、背に腹は代えられない。


 俺が一度目を閉じて、五感を強化するために全身をめぐる魔力を集めようとした時だった。


『ちょっと待て。橋爪。店内を探るんなら、スーツといろはちゃんの力を使え』

「スーツと、いろはの?」


 無線に届いたのは梶さんからの声だった。

 俺は言われた意味が分からず、眉を寄せる。


『そのスーツがクリスマスの飾りみたいに光るだけだと思ってもらっちゃ困る。前にお前さんが向こうの世界でできるようになったことの話を聞いたろ? それを参考にして、再現できるような機能をつけといた』

「俺の能力の再現って……そんなこと、できるもんなんですか?」

『ああ。と言っても、俺の扱える技術だけじゃあ、到底無理だったろうがな』

『そこで電子の小悪魔、いろはちゃんの登場ってわけ』


 梶さんの説明に割り込むように、いろはの得意げな声が聞こえてきた。


 グレムリンは小悪魔じゃなくて、小鬼じゃなかったか?

 どうせ、そっちのほうが可愛いからとかしょうもない理由だろうから、いちいち指摘はしない。


『簡単に言うとだな、そのスーツにはスマホやらパソコンみたいに無線で電波を受信する装置が仕込まれてる。お前も、いろはちゃんが遠隔操作で電子機器を操れるのは知ってるだろう。それを利用するとだな』

『こういうことができるんだよん』


 カチャン、と、外套と、腰元に下げていたホルスターから軽い金属音が響いた。

 何だ、どうした?


『今のはね、久郎くんのスーツの下のナイフの刃を出した音だよ。もちろん、一本一本手で切り替えることもできるけど、私が操作すればいっぺんにオン、オフさせてあげられる』

「…………いつのまに、そんなこと」

『ま、こんなこともあろうかとってことだ』


 俺は試しに外套の裾から投げナイフを引き抜いて、その様子を確かめる。

 なるほど確かにナイフは今までのような一枚の金属片ではなくて、いくつかの部品が組み合わさって、刃の出し入れができる仕様になっていた。


 オーガの戦い方はまだ予測の域を出ないが、刃を落とした投げナイフでは心もとなかった。


 相手を殺すつもりはないが、多分、死に物狂いの戦いにはなるだろうから。


『その他にも、バックパックには目潰し用の閃光弾や煙幕、火薬とかワイヤーを仕込んだ特別製の飛び道具も入れといたからな。丸い鉄のボールみたいなやつだ。いろはちゃんに言えば状況に合わせて使い分けてくれる』

「なるほど。助かります」


 言いながら、俺は背面に回した手をバックパックの中に突っ込んだ。

 指に触れた球の感触を確かめ、即座に取り出して投げるイメージをする。


 問題なく使えそうだ。ありがたい。


『それじゃ、こっからは私の出番。今から妻崎ちゃんを探すよん。久郎くん、近くの壁にコンセントとか、配電盤みたいなのない?』

「ちょっと待て……ああ、あったぞ」


 いろはに言われた通りモールの中の壁に目を走らせ、鉄でできた長方形の扉のような物を見つけた。

 多分、これが配電盤だろう。

 俺は埋め込まれた扉を開けて、スイッチらしきものが並ぶ中を覗き込む。


「それで、これをどうするんだ?」

『いひひひ、まー、いろはちゃんに任せときなさいって』


 楽しそうな笑い声の後、外套の肩から肘、手首を通って、一際濃い紫色の光が俺が握っていたナイフへと移っていった。


「いろは、これ、お前がやってるのか?」

『そうだよお。今、久郎くんが持ってるナイフに私の意識を移してるの。それを配電盤のどこでもいいから思いっきり突き刺してくれるかな? そこからお店の中の電気系統を通って色々探してみるから』

「……いよいよ、お前も犬走とは別方向で悪魔じみてきたな」

「いひひひ、名付けて『クロール・グレムリンモード』だよ! 私とお、久郎くんのお、初めての共同作業だねえ。どきどきぞわぞわしちゃう」

「お前の旦那になる奴は気苦労が多そうだな」

『ええー、そんなことないよぉ? 私好きになった人には多分いーっぱい尽くしちゃうよ?』

「そういう奴が一番怖いんだよ……っと!」


 余計なお喋りに付き合うのはここまでだ。

 俺はいろはが乗り移っているらしいナイフを配電盤に突き刺す。


 ガアン、と金属音が鳴り響いて刃の先端が機械の中に埋まった場所を中心に、紫色の光が水に落ちたインクのように広がっていった。


 今のでいろはは、このモールの中の電気系統の中に入り込んだということなんだろう。


「おい、いろは、何かわかったか?」

『うーん? ちょっと待ってねえ。やっぱ監視カメラとかはほとんど死んじゃってるし、ダミーも多いや。でもお、このお店の中に誰か隠れってるってことはぁ、多分……あ! みーつっけた!』


 ぶつぶつと独り言を呟きながら何か探っていたらしいいろはが、突如歓声をあげた。


「妻崎を見つけたのか? どこだ!」

『妻崎ちゃんかどうかはわからないけど、二階の奥の方に一か所だけ何故か電気が流れてる部屋があったよ。お店全体の電気は止められてるのにさ。これって変だよね、梶くん?』

『ふむ。使われてる電力を見る限りじゃ、工事現場なんかに置かれてる燃料式の発電機みたいなもんっぽいな。ちょっと配線に手を加えれば、室内の明かりくらいは賄えるはずだ』


 潰れたショッピングモールの中に、電気が流れている部屋が一か所。明らかに不自然だ。


「つまり、そこに誰かいるんだな。いろは、案内を頼む」

『ほいほい、任せて。とりあえず近くのエスカレーターから二階に上がってくれる?』

「了解だ」


 短く答え、そこから俺はいろはの案内に従ってモールの中を目的地に向かって走り出した。

 大きなショッピングモールの跡地には、独特の雰囲気があります。

 中には入れないのですが、昔、よく足を運んだ場所が廃れた後、今はどうなっているんだろうと興味をひかれてしまうんですよね。

 怖いので実際に足を踏み入れることはありませんが。

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