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二十九 疑惑と混迷

 目を開けると、白い天井が見えた。

 眩しい。

 自分の瞳孔がぎゅっと狭まっていくのを感じる。


 微かに感じる消毒液の匂いと、天井と同じ白い枕にベッド。


 ここは、病院か? 


 俺は何で寝かされているんだっけか。

 もう一度、目を閉じて何が起こったのかを思い出す。


 夕方の公園、青いフードの男、そして俺を見て泣き叫ぶ顔。

 そうだ、そうだった。


 あいつが連れていかれた。


「……妻崎っ!」


 のんびり寝ている場合じゃない。

 すぐに助けに行かないと。

 俺は弾かれたように身を起こす。


 そして、目を覚ました自分を部屋の中に居たみんなが見つめていることに気づいた。


「クロくん……良かったあ」

「姉ちゃん?」


 目が合うなり、ベッドの傍に座っていた姉ちゃんに抱きしめられた。

 改めて周りを見回し、ここはやっぱり、病室なのだと理解する。

 室内に居たのは姉ちゃんだけじゃない。

 父さんと母さん、遠華ちゃん、そして。


「起きてくれたか。具合はどうだい?」


 低いのに、はっきりとよく通るこの声。

 妻崎のお父さんもベッドの脇に立っていた。


 そうだ、この人は確か!


「大変なんです! つまさ……歩美さんが!」

「ああ。わかっているよ。だから、私はここに来た」


 警察のお偉いさんだという話だった妻崎のお父さんは、俺を安心させるようにゆっくりと頷いた。

 そして、俺の父さんと、母さんにそっと目配せをする。


 大事な話がある。

 だから、外してほしい。

 それを伝えようとしたんだろう。


「奈々子、遠華ちゃん、少し外で待ってましょう」


 それを察したらしい母さんが、俺を抱きしめたままだった姉さんの肩にそっと手を置く。


「でもっ!」

「邪魔をしちゃ、いけないわ。久郎も、大丈夫なのよね?」


 俺を見て微笑む母さんに、頷いて答える。

 寝ている間に治療してもらったんだろう。

 あちこちに湿布やガーゼを貼ってあったが、動けないような傷はない。


 本当ならすぐにでもここを飛び出したいところだ。


「クロ兄……」

「遠華ちゃん、兄ちゃんは平気だからさ。母さんと、待っててよ」


 状況がよく分かっていないのだろう。

 おずおずと近づいてきて俺の手を握った遠華ちゃんに、笑いかける。


「さ、ここは妻崎さんに任せて、出ようか。みんな」


 最後に父さんがそう言ったことで、俺の家族たちは全員、病室から出ていった。


 ドアが完全に閉まったのを確認してから、妻崎のお父さんが俺に向き直る。


「久郎くん、君はもうわかっているんだろうが……私の娘が今、行方不明になっている」

「…………っ!」


 やっぱり、そうか。

 夢じゃなかった。

 あの青いフードの男も、妻崎が攫われたのも。


 そして、俺が情けなかったのもだ。

 噛みしめた奥歯が、ぎりっと音を立てる。


「少し前に娘を預かっているという男から、警察に直接連絡があってね。誘拐事件として捜査が始まったところで、歩美と一緒に居た君が病院に運び込まれたという話を聞いて、すっとんできた」

「すみません。俺が、一緒に居たのに……」


 何もできなかった。


 油断していたとか、不意を突かれたとか、そんなの言い訳にもならない。


「そこは気にしなくていい。大きな怪我がなくて良かった。今は、君が一番大きな手がかりだろうからね」


 妻崎のお父さんは、俺のことをただの高校生だと思っているはずだ。

 気遣うようなその態度に、一層悔しさがこみ上げてくる。


「犯人を見たんだろう。どんな奴だった?」


 ベッドの横にあった椅子に腰かけて、妻崎のお父さんは俺に視線を合わせる。

 自分の娘が誘拐されて落ち着いてなんかいられるはずがないのに、その表情は冷静だった。


「青い、暗い色のパーカーを着た男でした。フードを被ってたせいで、顔はちゃんと見てません。背の高さは歩美さんよりちょっと高いくらいでした。ガタイが良くて、実際より体が大きく見えると思います」

「……そうか。わかったよ。ありがとう」


 俺が話した情報を聞いて、妻崎のお父さんは静かに息を吐いた。

 口には出していないが、明らかに落胆している。

 そりゃそうだろう。こんなもの、何もわからないのと同じだ。


「あの! あのフードの、あいつの目的は何なんですか!」


 立ち上がりかけた妻崎のお父さんに、駄目元で尋ねてみる。

 少しでも情報が欲しいのは俺も同じだ。


「それが、わからないんだよ。娘を連れているということを話しただけで、奴からは何の要求もない」


 妻崎のお父さんの顔が悔しそうに歪む。

 どうやら、俺の質問をはぐらかすための嘘ではなさそうだ。


 あいつのねらいは最初から妻崎だった。

 だけど、ただの誘拐なら警察にわざわざ連絡して、何も要求しないのはどうしてだ。


 あの青いフードの男は、何がしたい?


 頭の中に浮かんでくるのは、つかみどころのない疑問ばかりだ。


「そうだ、久郎くん。君、グレムリンという名前に聞き覚えはあるかい?」

「……え」


 思い出したように言った妻崎のお父さんの質問に、俺は言葉を失う。


「犯人は、自らそう名乗ったんだよ。自分を捜してみろ、とね。ふざけた話さ」


 グレムリン。どうして今、その名前が出てくるんだ。

 妻崎を誘拐したのは、いろはの奴だってのか。

 いや、それこそ意味が分からない。

 何のためにそんなことをする必要がある。


「……俺には、何もわからないです」


 必死に考えてはみたが、それが俺の本心だった。

 わからないことだらけだ。


 妻崎のお父さんは俺の顔をしばらくの間、じっと見つめて、


「すまないね。起きてすぐ、こんな話をして」


 嘘を吐いていないことがわかったんだろう。

 妻崎のお父さんはそう言って、今度こそ立ち上がった。


「犯人……グレムリンと、娘は、我々が必ず見つけ出す。自分を責めないでくれよ。久郎くん」


 病室から出る直前に、妻崎のお父さんは厳しい顔で言った。

 俺のことを慰めているような言葉の裏で、余計なことをするなと釘を刺しているようにも聞こえた。


「……はい」


 とりあえず俺が返事をしたのを確認して、妻崎のお父さんは出ていった。

 これから血眼で妻崎と、青いフードの男の行方を追うんだろう。

 町中で警察が動くはずだ。


 何が、どうなっているんだ。


 グレムリン、いろは、青いフード、妻崎、オーガ、そして俺がこの二週間でやってきたこと。

 全てが無関係のはずはないのに、繋がりがまるでわからなかった。


 わからなければ、妻崎を助けることはできない。

 だったら、どうするか。


「直接、聞きに行くしかないよな」


 いろはに会う。

 あいつなら、多分何かに気づいているはずだ。


 まずは家族に見つからないようこの病室から、抜け出さなくちゃいけない。


 焦る気持ちを抑えて俺は立ち上がり、静かに準備を始めた。

 警察って有能だなあ、と私が初めて感じたのは、幼い頃に仮面ライダークウガを観た時でした。

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