二十七 その休日は束の間の
高校生活二度目の土曜日、俺はまた電車に乗って揺られていた。
先週はこうやって犬走の家に行ったんだったか。
まだあれからたったの一週間しかたっていないのかと感じるあたり、ここ数日は密度の濃い時間を過ごしてきたことになるんだろう。
思い返すのは放課後のことばかりで、肝心の学校でのことはほとんど印象には残っていなかったが。
努力はしているけれど、勉強がとても追いつかない。
そのくらいのものだった。
アナウンスが流れて、電車が停まった。
座席から立ってドアをくぐり、ホームに降りる。
いつもの、学校の最寄り駅だ。
昼間ということもあってか人が少ない。
普段もこのくらいならいいのに、と思う。
改札を通って、スマホで時間を確認してみると、一時を少し過ぎたくらいだった。
待ち合わせの時間まではあと十分ほどあるが、どうだろうか?
視線を上げて、俺は妻崎を探す。
あいつは背が高いから、こういう時は楽で助かる。
「…………?」
あれ、と、俺は自分の目を疑った。
駅の中のまばらな人の中に一人、目を引く背の高い女性がいた。
だが、うちの学校の制服姿じゃない。
妻崎は部活の後、まっすぐ来ると言っていたから別人か?
いや、でも髪形はそっくりだ。あの長身はそういるものではないし。
けど、あいつとは雰囲気が違うような。
どっちだ?
後ろ姿じゃわからん。
凝視しながら近付いていくと、その女性が振り返った。
「あ」
「お」
自然と目が合って、互いの口から声が漏れた。
やっぱり、妻崎だった。
それはわかったのだが。
「やあ」
「おお」
交わしたあいさつは、何故かとてもぎこちないものになってしまった。
いつもだったらこのまま一言、二言話して歩き出すのに、妻崎がさっと視線を伏せてしまったせいで、俺も次にかける言葉を失った。
「ど、うしたの? なんか、変じゃない? はは」
「いや、その…………」
俺が黙ってしまったせいか、妻崎がどうにかこうにか笑いました、みたいな表情をこっちに向けてくる。
それがまた見慣れない表情で、俺は自分の視線が泳ぐのを止められなかった。
上に下に、左へ、右へ。いい加減にしろ。
俺は短く息を吐いて、妻崎の顔を見る。
「すまん。どう褒めようか、迷った。私服なんだな、今日は。いいんじゃないか、その、すごく」
ああ、駄目だ。
また視線が逃げる。
本心を話してるだけなのに、こっぱずかしいのはなんでなんだ。
女子同士だったり、こっちの世界のファッションに詳しい男だったら、その上着の白い色がどうとか、スカートの折り目の形がどうとか、感想を口にして褒めるんだろう。
でも、俺は無理だ。
武器や防具を手入れ具合見て、相手の力量を値踏みするのとはわけが違う。
自分の言葉と、経験の少なさがもどかしい。
本当はもっと、ちゃんと言いたいんだ。
可愛い、でも、きれい、とも、少し違う。
ただ、見ているだけで顔が緩むような、その格好をしているのが妻崎だから良い、としか言いようがないような、そんな感じがする。
「ば、ばばば、ばかだなあ。無理して褒めようとしなくても、いいんだって!」
「無理なんかしてない」
「…………そ、うですか」
良い、と思ったのは本当だったから。
俺の言葉に妻崎は唇をもにょもにょさせ、赤くなって俯いた。
おい、なんか変だぞ。俺も。こいつも。
変なのに、恥ずかしいのに、嫌ではない。
胸の辺りが浮つく、不思議な感じがする。
「そ、そんなことよりもさ! 先に何か食べようよ! あたし、お腹減っちゃった!」
妙な雰囲気を強引に振り払うように、妻崎がパンパンと手を叩く。
ああ、よかった。
いつも通りだ。
こいつが飯の話をしてくれると、安心する。
見た目は違っても、中身は同じなのだということを、頭がようやく理解しだした感じだ。
「今日は、部活だったんだろ? 着替えは、どうしたんだ」
「んん? ああ、部活終わってすぐ持ってきてたやつに着替えたんだよ。汗臭くないかね?」
「……嗅げってのか、オイ」
喉の奥に張り付いて、固まっていた言葉がゆっくりと溶けて滑り出してくる。
意識しなくても、いつも通り話すことができる。
妻崎の表情も明るくて、元気なものに戻った。
おかげでもう、視線もそらさずにいられる。
「ねね、久郎、何食べようか?」
「チキンナゲット」
「ええー、あたしもっと高そうなお店がいーいー!」
「そうか。じゃあ、もっと高級なナゲットがある店を探そう」
「どんだけ好きなのさ……そんなの探してまで食べないよ」
結局、俺達はこの間と同じハンバーガー屋に入り、似たようなメニューを注文したのだった。
いろはが非日常を象徴するヒロインなのだとしたら、妻崎は日常を担当してくれています。
どっちも割とお気に入りのキャラクターです。
読んでくれてる人はどうなのかなあ、と思わなくもないです。




