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異の陸 少年は現実を突きつけられる

 アイギスさんと、話をしなきゃならない。

 だけど、あのおっさんが一緒だとまずい。


 そう思った俺は、夜になってアイギスさんとリファさんがおっさんとは別の部屋に入っていくのを待った。


 流石に男と女で宿の同じ部屋には泊まらない。

 チャンスはその時しかない。


 おっさんが自分の部屋に消えていったのを確認してから、俺はアイギスさんたちの部屋のドアを叩いた。


「あら、久郎くん。いらっしゃい」


 ドアが開いて、顔をのぞかせたのはリファさんだった。

 もう寝るところだったんだろう。

 普段身に着けているローブや大きなとんがり帽子ではなく、宿に置いてある部屋着姿だった。

 サイズが小さいのか、胸元がぱんぱんだ。


 俺は何かいけないものを見ているような気がして、目を逸らしてしまう。


「あの……話があるんです。入ってもいいですか」

「ええ、もちろん。どうぞ」


 視線を泳がせながらぼそぼそと言う俺に、リファさんは優しく微笑みかけて部屋の中に招き入れてくれた。


 良かった。

 ここで追い払われたら、どうすることもできなくなっていた。


「クロウか。どうした? 寝付けないのか」


 部屋に入った俺を見て、ベッドで胡坐をかいていたアイギスさんが尋ねてくる。

 こっちはまだ、普段の格好だった。

 俺を助けてくれた時に着ていた、丈夫で動きやすそうな服だ。


 ベッドの脇には刃をむき出しにした剣や、盾が広げられていた。

 もしかしたら、手入れの最中だったのかもしれない。

 スポーツで使う道具、例えば野球ならグローブを磨くのと近い感じなんだろうか。


「アイギスさん、宿のお姉さんに聞きました。俺、ここに置いてかれるって、本当なんですか」


 確かめたかったことは一つだ。

 思っていたよりもすんなりと、口から質問の言葉が滑り出していた。


 アイギスさんはそれを聞いて少し目を見開き、驚いた様な顔をした。

 けど、すぐに諦めたような息を吐いて、


「ああ。そのつもりだった。いつ話そうか迷ってはいたけれど、ね」


 胡坐に組んだ脚を解いて座りなおし、アイギスさんが俺と正面から向き合う。


「なんでですか!」


 そうであってほしくない、という事を認められたせいで、俺は声が大きくなるのを止められなかった。

 クライブさんがこっちに気づいてやってきたら一貫の終わりだというのに、我慢できなかった。


「この町の周辺は、凶悪な魔物が少なくて安全だからだよ。今は少々活性化しているけれど、それは私達がなんとかする。君の身を案じるなら、しばらくここで暮らすのが一番だと考えた」


 俺を落ち着かせるように、アイギスさんが冷静な口調で説明してくれる。

 言っていることの、意味はわかる。

 嘘を吐いたり、誤魔化したりしているわけじゃないんだろう。


 見ず知らずの俺のこれからを本気で考えてくれたのはわかる。

 それでも。


「でも、それじゃあ俺は、元の世界に帰れない……っ!」


 声が震える。

 目の前が涙でにじむ。


 情けないけれど、怖かった。


 母さんに、父さんに、姉ちゃんに、産まれたばかりの妹に、友達に、二度と会えない。

 そんな気がして。


 たまらなく、怖かった。


「……方法は探す。何か手がかりを得たら、必ずここに戻ってくるよ。約束する」


 泣き出した俺を安心させようとしてくれているのだろう。

 アイギスさんの声はとても優しい。

 それだけに、この人と別れてから過ごす時間がどれだけ長くなるのか考えたくもなかった。

 この場所で、何も知らないこの世界で、一年、二年と暮らす。

 もしかしたら一生、今日みたいに重いリヤカーを押して過ごすことになるのかもしれない。


「嫌です! お願いです! 俺も、あなた達と一緒に……」

「クロウくん。それは、駄目なの。無理なのよ」


 後ろからそっと抱きしめられ、言葉を遮られる。

 リファさんの悲しそうな声が柔らかい感触と一緒に聞こえてきた。


「どうして!」

「君が、弱いからだ」


 駄々をこねるように言った俺を、アイギスさんの言葉が容赦なく切り捨てた。


 弱い。

 俺は、自分の身も守れないほどに、弱い。

 その事実を突き付けられて、何も言い返せなくなる。


「私達は、使命のために旅をしている。危険や戦いは避けられない旅だ。戦えない君をいつも守ってやれるほど、余裕はないんだよ。クロウ」

「じゃ、じゃあ、俺が強くなれば」

「そんなこと、軽々しく口にするな」


 その一言は、今まで聞いたアイギスさんの言葉の中で一番厳しいものだった。

 矢のような視線に真っ直ぐ射抜かれて、俺は口をつぐむ。


「……アイギスちゃん」

「大丈夫だから。ここは、私に任せてくれないか」


 俺の後ろから気遣うように言ったリファさんの声に応えるように、アイギスさんが立ち上がる。


「君は随分、私達を信用してくれているようだけど、まだ、本当の姿を知らないだろう」


 言いながら、アイギスさんは床の上に広げていた装備を手際よくまとめ、身に着けていった。


「口で言うより、見てもらった方が早い。きっと、ここで暮らす方が幸せだとわかる」


 アイギスさんはリファさんに抱きしめられたままの俺の肩に一度手を置いて、そのまま通り過ぎていく。


 向かう先は、部屋のドアだ。

 外へ出る、ということなんだろうか。


「ついてこい、クロウ」


 困惑する俺に背を向けたまま、アイギスさんはそう言った。

 大人なら理解できる理屈を、子供は受け入れてくれないことがあります。

 いろんなものを諦めてしまった大人からすると、それが眩しく見えることもあります。

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