二十二 小鬼達の集い
白いゴムボールが二個、宙に浮かんでいる。
緩やかな放物線状の軌道を描くその的に向かって意識を集中させ、俺は手にしていた鉛の錘を二つ投げつけた。
命中。
真っ直ぐに飛んでいった錘に弾かれて、ボールがぺこんっと間の抜けた音を立てる。
「すごーい。今ので十回連続だよお。本当に一球も外さないんだねえ」
「ただ落ちるだけのものは、動きが素直で予測しやすいからな。実際はもっと難しい」
言いながら、俺はもう一度、改めて手にした錘を投げる。
さっき弾かれてぽこぽこと跳ねていたボールを狙ったその投擲も、どうにか命中させることができた。
「……これならまあ、及第点はもらえるかな」
ひとしきりトレーニングに打ち込んだ後、俺は見ているだけだったいろはにボールを投げてもらい、それを錘で撃ち落とすという訓練に取り組んでいた。
今のところ、失敗はなし。
ぱちぱちぱち、と拍手をした後で、いろはが転がったボールを拾いあげつつ訊いてくる。
「ねーねー、久郎くんってさあ、これのほかに何ができるのぉ?」
「物を投げる以外にってことか? そうだな……向こうの世界の格闘技みたいなものも、一応、身に着けた。武器の扱いも一通り教わったが、何でも上手く使えるわけじゃない」
「そうなの? なんで?」
いろはがきょとん、と首を傾げてくる。
その質問には、若干答えたくなかったが、仕方ない。
「背が低いからだよ。長すぎたり重すぎたりする得物はどうしても動きが不格好になる。俺はどっちかと言えば、剣よりナイフの方が好きなんだ」
「わあ、盗賊っぽいねえ、それ」
正面から斬り合いになってしまえば体格差で押し負ける。
だから俺は避けて、躱して、隙をつき、懐に潜り込む戦い方をするのだ。
そうするよう文字通り、体に叩きこまれた。
「あとは、まあ、街中で高い所に登ったり、できるだけ気配を消して素早く移動したりする方法とかか。魔法も、ほんの少しだけなら使える」
「ええ! ほんとに? なにすんの魔法って!」
「期待させて悪いが、相手を攻撃するのに使う派手なやつは無理だからな。感覚を鋭くしたり、目くらましの煙を出したり、指先から小さい刃を出したり、傷口を一時的にふさいだりとか、そんなもんだ」
「わあ、見たい見たい! 煙出して、煙!」
「駄目だ」
「えぇー、けちんぼぉ」
目を輝かせていたいろはが途端にふくれっ面になるが、勿体つけてるわけじゃない。
理由があるんだ。
「昨日から怪我を治すのに魔力を使ってるせいで、すっからかんなんだよ。そもそもこっちの世界じゃ、魔力が全然回復しなくてな。一日一回でやっとなんだ」
「ふうん。めちゃめちゃチートってわけでもないんだねえ」
「ああ。アテにはできないな」
だから、結局、体を鍛えなおすしかない。
俺は自分が投げて床に散らばった錘を拾い集めようとして。
「……? どうした、犬走」
「何でもない」
犬走が少し離れた所から、こっちを見ているのには気が付いていた。
話しかけたが、目を逸らされてしまう。
「ううん。今のはね、ゲームで例えるなら、ワン子が仲間になりたそうにこっちを見ていた、とか、そんな感じのやつだよ。久郎くん」
「どういうことだ?」
「ちょっと! いろは!」
俺にはピンとこなかったが、犬走は何かを察したらしい。
慌てたように、いろはの言葉をかき消そうとする。
「ワン子ってば、人見知りさんだからねえ。本当は久郎くんに色々教わりたいけど、素直に言い出せないんですよ。ねー? 恥ずかしいもん、ねー?」
「ちっがうから! ありえないっての!」
顔を赤くして、があっと吠える犬走。
ふうん。
いろははからかい半分で言ってるんだろうが、一理あるな。
「なあ、犬走。俺が何か教えられるかはおいとくとしても、お前が組手の相手になってくれれば助かるよ。的当てしたり、そこのサンドバックを殴り続けるより、ずっといい」
「ああ? 私はサンドバック代わりってわけ?」
「違う。お前は強いからな。こっちの世界で本気の訓練ができる相手ってのは貴重なんだ」
「……………………そういうことなら、別に、気が向いた時になら、いい」
「チョロロン。犬走が仲間になった。名前をつけますか?」
「いろはうるさい!」
お前もう、ワン子ってあだ名で呼んでるだろ。と、思ったが、犬走が先にツッコんでしまったのでタイミングを逃した。
わかりにくかったが、今のは組手に付き合ってくれるってことでいいんだよな?
確認を取ろうにも、今は怒っているようなので話しかけられない。
「えー、ワン子ばっかりズルくない? じゃあ、私も組手の相手してあげちゃおっかなあ」
そんなことを言いながら、いろはがぐにゃぐにゃと奇妙な動きを始める。
なんで張り合ってんだこいつ。
格闘技というか、揺れるわかめのモノマネだぞ。それ。
「やめとけ。また腕の関節きめられたいのか、お前」
「いひ、それいいかも。熱くなっちゃいそお」
「……悪い。遠慮しとくわ」
自分の体を抱きしめて、ぶるりと身を震わせるいろは。
何を思い返しているのか想像したくもないが、恍惚とした表情が怖い。
脅しといてこんなことを言うのもあれだが、こいつは相当ヤバい。引く。
「しっかし、橋爪よお。いくらお前さんが強いとはいえ、これはもうちょい何とかならんかったのか」
これまで作業台の方で黙って作業していた梶さんが、呆れたような声をあげた。
「身の回りにあるもんで何とかしようとした心意気は買うがな、雨がっぱに、園芸用のシャベルて、お前。これでよく尾長みたいな危ない奴を相手にできたもんだ」
言いながら、梶さんは尾長の牙で噛まれて歪んだシャベルをライトにかざす。
こっちの世界に戻ってきた時に、武器や防具はいらなくなると思って山の中に置いてきてしまったからな。
惜しいことをしてしまった、と思う反面、物騒なことに首を突っ込んでしまったもんだとも思う。
「お前さんの戦い方を聞いた感じだと、投げて使う武器や、それをできる限りたくさん収納できて、素早く取り出せる服が必要だろうな。相手に近づくことが多いなら耐刃性能も高いほうがいい」
俺が一応、持ってきていた雨がっぱを作業台の上に広げて、梶さんはううむ、と眉根に皺を寄せる。
「わかっちゃいるんだが、デザインがなあ。どーしてもピンとこん」
どうやら今の俺の格好は梶さんのお気に召さないらしい。
自分でも気に入っているわけじゃないが、そこはそんなに重要ではない気がする。
「見た目なんて、どうでもいいですよ。便利なら」
「いいわけないだろうが! ヒーローのスーツってのはな、シンボルなんだよ! 強さと、頼もしさと、優しさと、危うさが、見た奴に一目で伝わらんといかんのだ!」
「いや、俺は別にヒーローじゃ……」
「素人は黙ってろ!」
なんか、滅茶苦茶怒られてしまった。
予想外の反応に首を縮めた俺を見て、いろはが乾いた笑いを浮かべる。
「はは、なんか変なスイッチ入っちゃったみたいだねえ。それはさておき、久郎くん、私も気になってたんだけどさ、このゴーグルはなーにー?」
いろはがてててっと梶さんの作業台に駆け寄って、俺が愛用しているゴーグルをつまんで持ってきた。
「ああ、それは向こうから持って帰ってきたものだ。顔を隠すのに使えるんだよ」
「ふうん、なんだかとってもスチームパンクな見た目だけど、何か特別な力とかあるのぉ?」
「いいや。何もない。ただ、大切な物なんだ。壊すなよ」
「あら、今の聞きました、ワン子? この反応は女ですよ、女」
「…………死ぬほど興味ない」
にやにやあっと口の端をつり上げていろはがわざとらしく耳打ちするが、犬走は嫌そうな顔をしただけだ。
「残念だったね、久郎くん。久郎くんの異世界恋愛事情には興味ないってさ」
「そういうのじゃない。返せ」
「まあまあ、せっかくだし、これちょっと着けてみてよお」
いろはが手に持ったゴーグルを俺の顔面に押し付けてくる。
面倒くさいな、と思ったが、しつこく絡まれるのも嫌だ。
俺はゴーグルをひったくって、目元に装着した。
「これでいいか?」
「あ、思ってたよりカワイイね。丸くて大きなレンズが、フクロウみたい」
「…………ぶっ」
何の気なしに言ったいろはの感想に、突然犬走が吹き出した。
何だ、どうした?
「久郎が、フクロウて……」
そのまま肩を震わせて笑い出す犬走。
いや、そんなに面白いか?
変なとこでツボの浅い奴だ。
「ナイスだ、いろはちゃん! それだよ! フクロウ! それでいこう!」
「はえ?」
パチンと小気味よく指を鳴らして、作業台の梶さんが歓声をあげた。
何か思いついたらしい。
「スーツのシンボルはフクロウだ! そのゴーグルを中心に、全体のデザインは考える! そうと決まれば、まずカラーリングだな。橋爪、お前、好きな色とかあるか?」
「紫」
「何でお前が答えるんだよ。俺の好きな色を訊かれただろうが」
「えー、いいじゃん、紫。変身した私とおそろいだよお」
「だから、嫌なんだよ……梶さん、黒だ。黒っぽい色でお願いします」
「紫と、黒だな。わかった、任せとけ」
「いや、だから」
俺が好きなのは黒だというのに。
話を聞いてくれよ。
抗議しようと思ったのだが、梶さんの頭の中では既に何か決まり始めているらしく、広い紙に図面のような物を描きだしている。
仕事が早いなあ。
「久郎くんはフクロウで黒が好きって、なんか語呂合わせみたいだね。覚えやすーい」
「ぷふっ、いろは、もうっ、やめて」
いろはの呟きに、また犬走が吹き出す。
そんな耳まで真っ赤にして笑うほどのことではないだろ。
「はあ……まあ、いいか。それで? 梶さんが作業している間、俺達はどうするんだ」
体ならもう、十分に動かせた。
次はあのスライム女とゴーレム男のことを話し合っておいたほうがいいと、俺は思うのだが。
「うん。敵さんのことで必要な情報は私が今から集めるよぉ。わかり次第、教えるね」
俺の思惑を理解したのか、いろはがぱちんときれいに片目をつぶる。
器用な奴だ。
「情報を集めるったって、どうやって」
「ん、こうやって」
言うなり、いろはの体が淡く紫色に輝きだす。
ゆらゆらと長い髪が揺らめくその姿は、グレムリンモードってところだな。
これから機械を操って、調べ物をするんだろう。
便利な力だ。
「久郎くんの無茶のおかげで、敵さんの居場所は分かったしね。その辺りの電子機器から色々探ってみるよん。スライムさんの対策は梶くんが練ってくれてるし、準備できるまで久郎くんはワン子と遊んでたら?」
こっちは任せといてー、と軽く手を振って、いろはがゴツいパソコンの方へ向かっていく。
それならお言葉に甘えて、俺は、と犬走の方を向いたら自然と目が合った。
「……何?」
あんまり愛想が良いとは言えないが、なんだかんだで立ち上がっているところを見ると、やる気はあるんだろう。
単に俺相手に暴れたいだけというのも、あり得るけどな。
「犬走、ちょっと、付き合ってくれ」
まあ、いいさ。
俺も簡単にやられてやるつもりはない。
どちらともなく身構えてまもなく、俺と犬走の組手は始まった。
久郎のトレーニングのシーンなんかはがっつり、テレビドラマ版「ARROW」を参考にさせてもらっています。
知ってて、不愉快にさせてしまった方がいらっしゃったらすみません。
久郎のヒーローとしてのイメージはいわゆる「バットマン」タイプです。
滅茶苦茶鍛えまくって、便利な道具で戦うスタイル。
あくまでも生身の人間であり、その範疇から逸脱することはないというのを意識しています。
同じDCならグリーンアロー、マーベルならホークアイやブラックウィドーなど。
その辺の人々の系譜だと思っていただければ幸いです。
比べるのもおこがましいですけどね。




