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二十一 グレムリンズ・ネスト

 翌日、いろはからの連絡があったのは昼にさしかかる直前、といった頃だった。


『ここに来てね!』


 などという本文に、地図アプリの位置情報が添えられたメッセージを確認した俺は、昼飯を食ってすぐに家を出た。


 電車に乗って、学校に行く時と同じ駅で降り、歩くこと十分余り。

 たどり着いたその場所の前で、俺は絶句した。


「ここで、いいんだよな?」


 目の前にあるのは、高い塀でぐるりと敷地が囲われた豪邸だった。

 パッと見ただけでも野球とサッカーが同時にできそうな広い庭の奥に、白塗りの壁の品の良い邸宅が佇んでいる。

 庭木はきちんと剪定されていて、青々とした芝にも定期的に人の手が入っているのが見て取れた。


 向こうの世界の王侯貴族とかいう連中の家もこんな感じだったが、こっちの世界だとまたすごい存在感だな。


 一体どんな人間が住んでいるんだろうかと気にはなるけれど、中に入ることはない。

 そんな雰囲気だ。


 当然のように、防犯カメラも複数仕掛けられているなあ。


 正門の前に立った俺は、視線を少し上にあげて自分の様子を記録しているらしいレンズを見る。

 それだけで悪い事をしているような気がして落ち着かない。


 これ、普通にインターホンを押してもいいものなのだろうか。


 俺がそんな気後れをしていた時。


「やっほー、久郎くん」


 呑気な調子で手を振りながら、いろはが現れた。

 つまり、場所は間違っていなかったということだ。


「今日は、私服か。黒いな」

「そうだよー、似合ってる?」

「ああ。似合ってると思うぞ。イメージ通りだ」


 今日のいろはの格好は、簡単に言えば黒っぽいワンピースだった。

 派手な装飾がないシンプルなデザインだけに、着る人を選ぶとは思うのだが。

 いろはの白い肌に良く映えると感じた。


「いひひ、ありがと。そう言う久郎くんはジャージだねえ」

「体を動かすつもりで来たからな。もしかして、まずかったか」

「気にしなくていーんじゃない? そんじゃ、行こっか」


 目の前の豪邸に気圧されている俺と対照的に、いろはは気楽な様子でインターホンを押してしまう。


「おい、大丈夫なのか?」

「え、なんでえ? お友達の家なんだし、いいじゃん」

「友達って、お前……」


 私は友達が少ないみたいなこと言ってなかったか?

 だとすれば、ここは。


『今開ける。待ってて』


 いろはが人差し指でボタンを押したインターホンから、声がした。

 スピーカー越しだが聞き覚えがある。


「今の、もしかして、犬走か?」

「そーだよ。ここ、ワン子の家。びっくりした?」


 思わず目を丸くした俺を見て、いろはが悪戯っぽく笑う。


 こいつ、俺の反応が分かってて黙ってやがったな。


「……マジかよ」


 ガチリと音がして、目の前の門が自動的に開いていくのを眺めながら、俺は深く息を吐いた。



「ワン子はねえ、クォーターなんだよお。おじいちゃんが油田持ってる石油王でえ、お父さんもお母さんもそれぞれ自分の会社を持ってる実業家さんなの。そりゃ家もでっかくなるよねえ」

「それはまた、すごい話だな」

「すごくない。私は何もしてないんだから」


 豪邸の中に入ってすぐ説明をしてくれたいろはの言葉に、当の犬走はどこか機嫌悪そうに鼻を鳴らした。


 俺は黙って、前を歩く犬走の姿を観察する。

 あの茶色と白の中間みたいな髪の色も、褐色の肌も、自前だったのか。

 言われてみれば顔立ちも所々、日本人っぽくないところがあるような気がしないでもない。

 手足が長くて、スタイルがいいのもその影響なのか。


 まあ、金持ちのお嬢様っぽい恰好じゃなくてラフなパーカー姿でいてくれたことは、同じような格好で来てしまった俺にとって救いだったが。


「初めて犬走低にお邪魔させてもらったご感想はいかがですか、久郎くん」

「…………宝物庫とか、ありそうだな」

「いひひひ、だめだよお? その辺のタンスとか壺の中をあさっちゃ」

「あさるか」


 どんなイメージだよ。

 そんなことしたら向こうの世界でも普通に捕まるわ。


 まあ、やったことも、逃げたこともあるんだけど、ただでさえあまり仲良くない犬走の家だ。

 警戒される必要もないので言わない。


「ここから、降りるから」


 高そうなインテリアやら、観葉植物やらが並ぶ家の中を少し進んで、犬走が大きな鉄のドアの前で立ち止まった。


 嘘だろ、これ、どう見てもエレベーターじゃないか。


「降りるって、地下室があるのか」

「何? 文句ある? 必要もないのに成金趣味で作って、無駄になってたのを利用してるだけなんだけど」


 犬走の言葉にはいちいち剣呑な響きがある。

 今のは俺に対して、というだけではなかった気もするけど。


 四人乗るのでギリギリかな、という少し小さめのエレベーターに乗り込んで十秒ほど。

 たどり着いた地下室とやらの様子を見て、俺はまた驚くはめになった。


「ここは、何だ?」


 まず、広い。

 この空間だけで俺の家の面積を軽く上回っているのは間違いないだろう。

 照明設備も整えられていて、ここが地下だということを感じさせない。

 部屋の中には、学校の視聴覚室に置かれていたものより遥かにいかついコンピュータが備えられているデスクや、バーベルやらデカいゴムのタイヤやら背の高い鉄棒、サンドバックにランニングマシーンと様々なトレーニング機材が置かれているスペースがあった。


 いや、確かに俺は体を動かしたいとは言ったが、ここまでの場所は予想していなかった。


「ここが私達の秘密基地ってこと。その名も『小鬼(グレムリン)の(ズ)(ネスト)』によーこそ。これで久郎くんも、仲間だねえ」


 誇らしげに胸を反らしながら、いろははエレベーターを降りて、いかついパソコンがあるデスクまで歩いていった。


 あそこがあいつの定位置ってことなんだろう。


 俺は中の様子を窺いながら、恐る恐る足を踏み入れる。


 いろはの能力の名前がグレムリンで、ここがその秘密基地。

 学校の第二視聴覚室は支部。

 そして、いろはに協力する犬走や梶さんはさしずめグレムリンズってところだろうか。


「よお、来たか、いろはちゃん、橋爪。こっちは先に始めさせてもらっとったぞ」


 呼びかけられ、声がした方を見る。

 梶さんが何かしている場所には万力やドリル、溶接に使われるマスクが置かれていて、一目でそこが作業台なのだと分かった。


「梶さん、頼まれてたやつ、今日の夜には届くって」

「おう、ありがとさん!」


 頭に白い手ぬぐいを巻き、犬走ににかっと笑いかける梶さんは日曜大工に精を出すおっさんそのものだ。


 本当に一歳年上なんだよな、あの人。

 いっぱしの職人感が尋常ではないんだが。


「橋爪、あんたはあっちに興味あるでしょ? 自由に使っていいから」


 犬走がトレーニング器具が置いてある一画を顎でさす。

 使わせてもらえるのはありがたい。でも。


「まさか、今日のために買ったわけじゃないよな?」

「そこまでするわけないでしょ。普段は私が使ってるの。他に必要なものがあれば言いなよ。準備するから」

「準備ってお前……」


 そうだった。

 マジの金持ちってのはこんな感じだった。

 太っ腹すぎて、世話されるこっちの方が心配になるような振舞いをしやがる。

 金に対する感覚が、そもそも常人と違うのだ。


 しかし、せっかく使わせてくれるというのだから、遠慮する必要もないだろう。

 トレーニング器具なら減る物でもないしな。

 お言葉に甘えさせてもらおう。


 まずは懸垂でもしようかな。と、背の高い鉄棒にジャンプしてぶら下がる。


 背筋を意識しながら一、二、三、とゆっくり腕の曲げ伸ばしをしていたら、何故かいろはがにやにやしながら歩み寄ってきた。

 そのまま鉄棒の傍にしゃがみ込んで、じいっと俺の様子を観察し始める。


「おい、見ててっ、楽しいっ、もんでもっ、ないだろっ」

「いやいやあ、これはたまらんですよ。めくれたジャージの裾からのぞく腹筋がせくしーっすねえ」

「勝手にっ、しろっ」


 こいつの奇行にいちいち目くじらをたてていたらキリがないってことは、流石に理解できてきた。

 無視して、懸垂することに集中する。

 はああ、とか、ほおお、とか変な吐息が聞こえてくるが、気にしない。


 それから二時間ほど、いろはに横にへばりつかれたまま、俺はトレーニングを続けていった。

 漫画やライトノベルでおなじみの、都合のいいお金持ちです。

 中途半端な金持ち設定より、思い切った方がラノベっぽいかなと思ったので、祖父が石油王としました。


 実際、日本にいるのかなあ、石油王。

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